同僚や兄弟、チームメイトや競争相手といった近い関係性の人が周囲の人に与える影響をピア効果(同僚効果)という。同僚を意味する英単語Peerに由来する。
ピア効果は、経済学の中でも犯罪分野や教育分野で多く研究されている。近年では労働経済学の中で、個人の生産性に影響があるとされ、ビジネスの分野でも関心を集めている。
ピア効果の影響で変化する能力や行動は、良い変化と悪い変化の両面がある。
周囲の人の影響で、成績や生産性が変化する
ピア効果の研究は、現段階ではどんな集団に起きるかといった効果の詳細や要因に対しては研究途中で、どんな状況でも通用する明確な結論は出ていない。
原因としては、ピア効果は同僚によってもたらされる外的要因であるが、結果に対してモチベーションや心理状況といった内的要因も関係するためである。
内的要因がほぼ同一になるような特定の状況や集団を対象にした研究が行われているため、研究結果からの主張もケースバイケースになっていることがある。情報を得る際は注意が必要である。
研究事例の中でも、ピア効果で成果がアップした事例を2つ紹介する。
ゴルフの競争相手から学び、成績がアップした研究事例
ピア効果がプラスに働くという研究結果を打ち出したピア効果の研究として有名なものに、2009年に発表されたGuryanらによる「ゴルフ競技でのピア効果の検証」の研究論文があり、その研究ではピア効果は2つの要因からなるといわれている。
- 優秀な同僚のやり方から学んだ結果、自分の生産性が上昇する「学習効果」
- 優秀な同僚を見ることでモチベーションが上昇した結果、自分の生産性が上昇する「モチベーション効果」
レジ打ちが優秀な同僚に見られると生産性が上がった研究事例
一方で、チームワークで働く職場でのピア効果の研究では、ゴルフ競技の研究でピア効果の要因とされていた学習効果やモチベーション効果は、優秀な同僚の様子をただ見ているだけでは得られず、同僚からの視線といった社会的プレッシャーを感じることが、やる気につながり生産性を高めているとする結果が得られた。
スーパーマーケットのレジ打ちをする従業員に対してピア効果を測定した研究では、お互いの働いている姿が見える状況での生産性の違いを調べた。
結果は、自分が生産性の高い同僚から見られているときには生産性が高まり、生産性の高い労働者がただ見えているだけの場合は、自分の生産性は変化しなかった。
同僚の生産性が高いと事前に知っている場合のみ視線を感じて生産性が向上したため、周囲の人の生産性に影響されるのではなく、できる同僚の視線を感じるというプレッシャーによって生産性が高まったことが明らかになった。
状況が異なると要因も変わる
ただし、ゴルフ競技とスーパーマーケットのレジ打ち作業では、能力向上に対するモチベーションといった内的要因が異なる。また、スーパーマーケットのレジ打ちの従業員は決められた作業をチームワークでこなし、シフト制で常にバラバラの人と働いているという要因もあるため、この研究結果が創造性が必要なホワイトカラーの労働者にも当てはめられるかは、はっきりとした結論が出ていない。
能力差が小さいと成果が上がりやすく、大きいと成果が下がりやすい
同僚から受ける良い影響だけでなく、周りと比べて尻込みするなどやる気や生産性が低下してしまうこともある。
ピア効果には、同僚によって成果や能力が向上する「正のピア効果」と、同僚によって成果や能力が低下してしまう「負のピア効果」がある。
正のピア効果は、集団の能力の差が小さい時に起こり、負のピア効果は能力の差が大きい時に起きる傾向にあるとわかっている。
周囲とレベルの差が小さいと成果が高まる「正のピア効果」
能力の差が少ない者同士を適切に競争させることで、成果や能力が向上する効果を正のピア効果という。正のピア効果では個人作業よりもチーム作業の方が、生産性が上がることがわかっている。
正のピア効果を測定した研究には、競泳チームに転入した選手が転入先のチームメイトに与える影響を調査した研究がある。優秀な選手が移籍してくると元々いたチームメイトの成績も向上した。要因を調べたところ、同性で年齢が近く、自分と比べて成績が優れている人が入ったときに成績が向上した。
周囲とレベルの差が大きいと成果が下がる「負のピア効果」
周りのレベルが自分と比べて高すぎると、成績が逆に低下してしまうことを負のピア効果という。産業総合研究所による埼玉県の小中学校の全生徒を対象にした調査で、平均成績が高いクラスに入った生徒の成績が落ちてしまうことが確認された。
負のピア効果を回避する方法
負のピア効果を回避するには人員のレベル差が少なくなるようにすることが考えられる。
埼玉県の小学生の調査では、周囲とのレベルの差の大きさが成績に関連していることがわかった。学力が下位10%の人は上位10%の人といっしょにいると成績が下がったが、下位20〜30%と自分に近く少しだけレベルが高い人と一緒の時に成績が上がった。
負のピア効果が起きるのは「自分の能力が周りと比べて低いと考え、自信が無くなって努力する意欲をなくしてしまう」からと調査では推察されている。
周囲とレベルの差が生じて、「自分には才能がない」「頑張っても無駄」といった「自分は能力が低く向上の見込みがない」という思い込みに生徒が陥らないように、能力向上の努力をするモチベーションを無くさないよう接することが大切である。
ピア効果の影響で行動も変化する
周囲の人の影響によって、特定の行動を起こしやすくなることが明らかになっている。
長時間労働を引き起こすピア効果
行動変化を起こしたピア効果の研究事例に、同僚の影響で長時間労働を引き起こしていると明らかにした研究がある。
2008年のアメリカの経済学者Hamermeshらによる研究では、長時間働く上司や同僚がいる職場環境では、周囲の人々の影響を受けて必要以上に長時間労働をしてしまうことが明らかになった。
特に男性は周囲の労働時間に影響されて労働時間を増やすことが、後の2017年のオランダの経済学者Collewetらの研究でわかった。
残業が多い人も、残業しない人ばかりの環境では残業時間が減った
日本でも長時間労働しやすい人が周りにいると、他の人も影響を受けて長時間労働してしまっている可能性がある。一方で、日本で長時間労働していた人も残業が日本に比べて少ないヨーロッパへ転勤すると労働時間が減少することが、2013年の日本の経済学者である黒田 祥子と山本 勲による研究で明らかになった。
長時間労働など職場での行動は、同僚の影響を受けているといえる。
ピア効果を意識して、チームワークに取り入れる
ピア効果は、チームワークや学習に影響を及ぼすものの、現段階では明らかになっていないことも多い。現在わかっている効果や心理現象を参考にすることで、チームワークや学習効果を高めることができる。
チームと比べて劣っていると感じる状況を回避する
「周囲はできているのに自分はできていない」と思い込みやすい状況を回避するようにする。「周囲よりも劣っている」「場違いだ」「頑張っても追いつけない。自分に才能がない」と感じると努力の放棄につながる。
回避する方法としては、メンバー間の成果のばらつきが大きくないかを確認する。成果が他より出ていないメンバーには、面談などで周囲に対して引け目を感じていないか本人の心情を確認する。
周囲と比べて自分の潜在能力が低いと思い意欲が低下している場合には、できた部分を書き出すなど具体化し、少しずつ成長していると実感してもらう。進歩を褒められることで「やればできる」と自信を持ってもらい学習意欲を伸ばす「エンハンシング効果」も活用できる。
組織の取り組みに新しく参加する人に配慮する
UXを組織で学んで取り入れるといった、組織での取り組みに新しい人が参加する場合も、負のピア効果が起きないように配慮するとよい。学び始める人がレベルの差に恐縮しないよう、同じ時期に参加した人だけとグループにするなど、工夫してオンボーディングすることが大切である。
関連用語
- 暗黙の強化
参考URL
- Peer Effects in the Workplace: Evidence from Random Groupings in Professional Golf Tournaments
- 論文 行動経済学から読み解く長時間労働|日本労働研究雑誌 2020年1月号(No.714)
- 負のピア効果―クラスメイトの学力が高くなると生徒の学力は下がるのか?―
- Using age difference and sex similarity to detect evidence of sibling influence on criminal offending | Psychological Medicine
- Peer Effects, Teacher Incentives, and the Impact of Tracking: Evidence from a Randomized Evaluation in Kenya