TOPUX用語トゥーピーの誤謬

トゥーピーの誤謬

気づけた悪い例だけで全体を決めつけてしまう思い込み

トゥーピーの誤謬(Toupee fallacy)とは、うまくできたものは気づかれずに見逃され、出来の悪いものだけが目につくために、その悪い例だけで全体を判断してしまう思い込みである。名前は「かつら(トゥーピー)はすぐ見破れる」という決まり文句に由来する。実際に見破れるのは不自然なかつらだけで、自然に見えるかつらは気づかれないまま通り過ぎている。それなのに「かつらは全部わざとらしい」と結論づけてしまう。これは数ある思考の偏りのうち、観察できたものだけで判断してしまう「選択バイアス」の一種で、成功したものばかり見て失敗を見落とす「生存者バイアス」と同じ構造を持つ。

たとえば、アンケートに答えてくれた利用者が「満足」とばかり書いていたとする。だが不満を抱えて黙って離れた人は、そもそもアンケートを目にしていない。返ってきた声だけを見て「みんな満足している」と早合点すると、いちばん知りたい離脱の理由をまるごと取りこぼす。見えている情報が全体を代表しているとは限らない、という点にこの誤謬の怖さがある。

見えない成功が判断を狂わせる

トゥーピーの誤謬の核心は、「うまくいったものほど見えなくなる」という非対称にある。出来のよいかつらは気づかれず、失敗作だけが記憶に残る。だから手元に集まるデータは、はじめから失敗側に偏っている。この偏ったデータをもとに全体を語れば、結論も当然ゆがむ。

同じ構造を示す有名な話が、第二次大戦中の軍用機の逸話である。統計学者のAbrahamエイブラハム Waldワルドは、コロンビア大学の研究グループで、帰還した爆撃機の被弾箇所を分析していた。軍は被弾の多い部分を補強しようとしたが、ワルドは反対した。帰ってこられた機体で穴が少ない部分こそ、そこを撃たれた機が墜落して戻れなかった急所だと見抜いたからである。無事に帰った機体だけを見ていては、本当に危険な場所は見えない。撃ち落とされた機体は数から抜け落ち、何も語らない証拠になっている。

作家のNassimナシーム Talebタレブは、この抜け落ちを「サイレント・エビデンス(silent evidence)」と呼んだ。成功した店や人は目立つが、同じやり方で消えていった多数は語られない。「つぶれた飲食店の墓場は静かだ」という彼の言葉が、その様子をよく表している。

語源・提唱者

トゥーピーの誤謬は、正式な論理学の誤謬一覧にはあまり載らない、比較的くだけた呼び名である。名前の起源ははっきりしておらず、少なくとも2006年ごろの懐疑論ポッドキャスト「The Skeptics’ Guide to the Universe」で「この誤りに名前をつけよう」という話題にさかのぼれるとされる。

発案者としてよく名前が挙がるのは、懐疑論ブログ「Skepchick」を立ち上げたRebeccaレベッカ Watsonワトソンである。ただし彼女が名付けたと確定しているわけではなく、広く帰属されつつも正式には特定されていない、というのが正確なところだ。学術用語というより、考え方を分かりやすく伝えるための愛称に近い。英語表記は Toupee fallacy が標準で、フランス語風にアクセントを付けた Toupée fallacy も使われる。

都合のいい数字を疑える

この誤謬を知っておく価値は、目の前のデータをそのまま信じてしまう危うさに気づける点にある。手元の数字が良く見えても、それは「答えられる状態で残った人」だけの数字かもしれない。良い結果が出たときほど、その集計に入っていないのは誰かを先に考える癖がつけば、結論を急がずに済む。成功例は放っておいても目に入るぶん、うまくいかなかった側の記録を意図して残し、判断材料に加えることも要る。数字の大小を読む前に、その数字が誰の声でできているかを問い直せるようになる。これがトゥーピーの誤謬を学ぶいちばんの効用である。

消えたサンプルを数え直す

対策の基本は、「観察できたもの」ではなく「観察から抜けたもの」に目を向けることに尽きる。良いかつらを数えたければ、見破れたものではなく、気づかずに通り過ぎた人を探しにいかなければならない。

実務では、まず「このデータに現れていないのは誰か」と問うところから始める。アンケートなら答えなかった層、購入データなら買わずに去った人、レビューなら書き込まなかった大多数である。そのうえで、抜け落ちた人たちに届く別の手段を用意する。離脱した直後に短い質問を送る、途中でやめた人だけに絞って追いかけるといった工夫で、沈黙していた声を拾い直せる。集めたデータを分析する前に、その集まりに抜けがないかを確かめる。この一手間が、偏ったデータからの早合点を防ぐ。

去った利用者の沈黙を聞く

プロダクト改善の現場では、登録後しばらく経った利用者に満足度アンケートを送る場面がよくある。ここにトゥーピーの誤謬が入り込みやすい。

あるサービスが登録から90日後に満足度を尋ね、10点満点で平均8.2という好結果を得たとする。数字だけ見れば順調に思える。しかし実際には、最初の30日で半数近くが使うのをやめていて、その人たちはアンケートが届く前に去っている。答えているのは定着した一部の利用者だけで、いちばん改善のヒントになる離脱者の不満は、まるごと集計の外にある。良いかつらが見えないのと同じで、去った人の声は聞こえないまま残る。

ここで打つべき手は、満足度の高さに安心することではなく、登録から30日以内にやめた人へ理由を聞きにいくことだ。離脱のタイミングで一問だけの質問を出す、解約画面に自由記述の欄を置くといった仕掛けで、消えていく前の声を捕まえる。見えている8.2点ではなく、見えていない離脱者にこそ、次の一手が隠れている。

関連用語

  • 生存者バイアス(Survivorship bias)
  • 選択バイアス(Selection bias)
  • サイレント・エビデンス(Silent evidence)

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