行為者-観察者バイアス(Actor-Observer Bias)とは、同じ行動でも、自分がしたときは状況のせいに、他人がしたときはその人の性格のせいにする、原因の見方の偏りである。行動する人の立場で原因のとらえ方が変わってしまう。
たとえば、返信が3日遅れた自分は「別の案件が重なっていた」と説明する。同じだけ返信が遅れた相手には「連絡が雑な人だ」と感じてしまう。

やった側は状況のせい、見た側は人のせい
この偏りの要点は、原因の置き先が、行動した本人と見ていた人で逆を向くところにある。
行動の原因は、性格・能力・意図のように本人の中にあるものと、周りの事情・相手の出方・偶然のように本人の外にあるものに分かれる。前者に置くことを内的帰属、後者に置くことを外的帰属と呼ぶ。行為者-観察者バイアスは、行動した本人が外的帰属に寄り、見ていた人が内的帰属に寄るという、向きの決まったずれを指す。
ずれが生まれる理由のひとつは、手元にある材料の差である。自分の行動なら、その日の事情も、過去に同じ場面でどうしたかも本人だけが知っている。相手についてはその材料がないので、目に見える行動とその人の人柄を結びつけて説明することになる。
もうひとつは、目に入っているものの差である。見ている側の視線は行動している人へ向かうが、行動している本人は自分の姿が見えないので、視界に入るのは周りの状況の側になる。
混同しやすいのが根本的な帰属の誤りである。根本的な帰属の誤りは、行動を見てその人の性格を推察する誤りを指す。こちらは、行動者-観察者バイアスは、起きた行動の原因を説明するときの偏りである。行動から性格を推測することと、行動の原因を考えることは、別の働きである。
語源・提唱者
この考えは、同じ出来事について当事者と周囲の説明が食い違い、どちらも譲らない場面から出てきた。
1960年代に、Fritz Heider が内側の原因と外側の原因という分け方を示し、Harold H. Kelley がその割り出し方を手順にまとめている。
Edward E. Jones と Richard E. Nisbett が男子学生30人に対して実証を行った。

リチャード・ニスベット(出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_E._Nisbett)
男子学生には自分が専攻を選んだ理由と、交際相手を好きな理由を書かせ、続いて同じ2問を親友について書かせた。結果として、自分についての説明では専攻や相手そのものの性質を挙げることが多く、親友についての説明では親友の性格を挙げることが多かった。
問題を人のせいで片づけない
この偏りを知っていると、原因を人に置いた時点で止まっていた原因探しを、もう一段進められる。
知らないまま進めると、ユーザビリティテストで参加者が詰まった場面が「この人はスマホの操作に慣れていない」で終わる。画面に手を入れないまま次へ進むので、同じ場所で別の人も詰まる。問い合わせが増えてから、ようやく画面の問題だと気づく。

Don Norman の指摘によると、産業事故の9割以上を、現場は人のミスが原因だと片づけている。しかしその多くは、装置や手順の設計が人の働き方に合っていないところから起きている。担当者の不注意で説明を終えると、元の原因は手つかずで残り、次の人が同じ操作でつまずく。
記録は起きたことだけを書く
ユーザーの観察は、ユーザーの人柄、性別、年齢などではなく、起こった事象を観測し、記録するのがよい。
User Interviews のバイアス解説は、参加者が眉をひそめた場面で、その理由をその場で書き足さないよう勧めている。書くのは「新しい画面を開き、ため息をつき、眉をひそめた」と、起きたことだけである。見立ては消さずに別の欄へ置く。こうしておくと、原因を人に置いた文がどれかを後から見分けられる。

出来事の良し悪しで原因のとらえ方が逆になる
ただし、この偏りがどんな場面でも現れるとは言えない。
Bertram F. Malle は、1971年から2004年までの173件の研究を集め直したところ、自分と他人で説明の差は小さいこともあった。
分かれ目は出来事の良し悪しにあった。同じメタ分析では、悪い出来事については当初の向きどおりのずれが現れ、良い出来事では逆向きになる。
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