人間の思考には、直感的に判断する「システム1」と合理的に判断する「システム2」がある。自我消耗とはシステム2が疲弊し、セルフコントロールが出来なくなる、またはしたくなくなる状態のことを指す。1998年に社会心理学者のRoy F. Baumeisterが提唱した。
欲求を抑制する実験
被験者に対してチョコレートやクッキーなどの誘惑に抵抗してもらい、その後に認知機能を必要とする難しいパズルのタスクを与えると、普段より早く降参した。被験者はお菓子の誘惑に耐えたことによりシステム2が疲弊した。その他にも以下のような場合にも自我消耗が起きてしまう。
- 考えたくないのに無理に考える
- 感情を抑制しようとする
- 性格的に合わない人と付き合う 等
疲弊状態を回復させる実験
バウマイスターは、疲弊状態から回復させるためには何が必要か調べる実験を行なった。
被験者に女性の無音声の短いインタビュー動画を見せ、その女性のボディランゲージが何を示すか解釈を求めるタスクを与える。
その動画にはインタビューとは無関係のいくつかの単語が表示され、被験者はこれを無視しないといけない。加えて、気を取られた場合には最初からやり直しと言われる。
タスクの終了後、別のタスクを取り組む前にレモネードを与える。レモネードの一方はブドウ糖入りでもう一方は人工甘味料が入っている。人工甘味料入りのレモネードを飲んだ被験者はそのタスクを間違う回数が多かったが、ブドウ糖入りのレモネードを飲んだ被験者は自我消耗の兆候を示さなかった。
セルフコントロールを続けために必要とされるエネルギー源は糖であるとされた。複数の実験でセルフコントロールの消耗を血糖値の低下と結びつけ、セルフコントロールのパフォーマンスは糖の摂取により回復すると主張した。
自我消耗への反論
自我消耗についてはいくつか反論が出ている。スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエックらが2013年に発表した研究によれば、自我消耗の徴候は、「意志力は有限の資源である」と信じた被験者でのみ観察されたという。意志力を有限と見なさなかった被験者は、自我消耗の徴候を示さなかった。
またカリフォルニア大学心理学教授のマーティン・ハガーの2016年の研究では、バウマイスターの実験を用いて、2000人超の参加者を対象に試験を行うも、再現出来なかった。また、別の研究では糖を摂取することで意志力の促進剤として働くなどは、完全に誤りであると判明している。というのも、レモネードで得られたブドウ糖がすぐに吸収され脳のエネルギーになるとは考えられないからである。
これを受けバウマイスターはハガーの研究のプロトコルに異議を唱え、十分な手順を持って再度検証をしていくとした。
認知資源との違い
精神的な疲弊状態を指す自我消耗は、注意を向けたり考えたり判断するエネルギーである認知資源の概念と似ている。
しかし、自我消耗は「消耗」に焦点を当てているのに対し、認知資源は「資源(リソース)」に焦点を当てている。
つまりシステム2を使用して消耗が起きてしまうことと、認知の資源(リソース)が有限であるかは別レイヤーの話であると考えられる。
また認知資源はマルチタスクについての文脈でも語られるのに対し、自我消耗は欲求を抑えることによる消耗と語られているもの特徴である。
関連用語
参考リンク
参考文献
- ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか?
- Veronika Job, Gregory M. Walton, Katharina Bernecker, and Carol S. Dweck(2013)Beliefs about willpower determine the impact of glucose on self-control