テニスではラケットを使用して競技を行うが、競技中はラケットを意識せずに、目の前のテニスボールを意識している。このように、道具が身体の一部のように感じられる感覚を『自己帰属感』という。
自己帰属感は、直接手に触れる道具だけでなく、機械やコンピューターのインターフェースなど直接手に触れないものにおいても発生する。
PC画面のマウスカーソルは実体がないが、ユーザーのマウスの動きにほぼリアルタイムで連動しているため、ユーザー自身はマウスカーソルではなくカーソルの示している先を意識することができる。
ユーザーが自己帰属感を感じるには、ユーザー自身の動きと操作している道具の動きが、自分の身体の一部だと感じられるほど、リアルタイムに近い形で連動していることが重要である。
自己帰属感はインタラクションデザイン研究を行っている渡邊 恵太氏によって提唱され、書籍「融けるデザイン」でも説明されている。
自分の動きとの連動性を見出し、多くの中から自分のカーソルを見つけることができる
渡邊 恵太氏は複数のダミーカーソルの中から自分のカーソルを見つける「ダミーカーソル実験」を行った。この実験によって、ユーザーは多くのダミーカーソルがあっても、自分のマウスの動きと連動するカーソルを自分が操作しているものだと認識することが判明した。
また、カーソルの動きに遅延を生じるように設定すると、ユーザーは自分の操作しているカーソルを見つけにくくなったことから、自分の動きとの連動性が自己帰属感を高める重要なポイントであることがわかる。
iPhoneはデバイスと直接つながっている感覚を生んでいる
iPhoneが普及した理由の一つとして、操作に対するレスポンスが早く、気持ちよく操作することができるというものがある。
AppleはiPhoneの操作性を重視しており、iOSヒューマンインタフェースガイドラインにも以下のような記載がある。
Multi-Touchインタフェースはデバイスと直接つながっている感覚をユーザに与え、画面上のオブジェクトを直接操作している感覚を高めます。
PC画面のマウスカーソルのような自己帰属感を得るには、ユーザーの指の動きに画面がなめらかに連動しなければならない。iPhoneは画面の描画フレームレート(画面の書き換え速度)を高くすることで、指の動きに合わせてスムーズに画面が連動する感覚を生み出している。
自己帰属感が低いとユーザーの離脱を招く
アプリやサービスを作成しても、ユーザーの操作に対するレスポンスが遅く、苛立ちを感じさせてしまうと、ユーザーが離脱してしまう恐れがある。
iPhoneの登場以降、iPhoneを真似て様々なメーカーがタッチパネルを導入し、iPhoneのような画面設計を行ってきた。しかし、iOSヒューマンインタフェースガイドラインに記載されている「直接つながっている感覚をユーザに与える」という観点が抜けているため、「ユーザー操作とのなめらかな連動」を設計しない製品が数多く出回った。
その結果、道具と身体との連動が切り離され、もっさりする、使いにくいという感覚をユーザーに与えてしまい、最終的にユーザーの離脱を引き起こしてしまった。
アプリやサービスを制作する際は、自己帰属感を意識し、どうすれば直接つながっている感覚をユーザーに与え、良い体験をユーザーに提供できるかを考えることがユーザーの離脱防止につながる。