人間が不快な情報や悪いニュースを意図的に避ける心理的傾向を指す認知バイアスで、投資口座の確認回避、健康診断の先延ばし、企業の財務報告遅延など、日常から経営まで影響する。
単なる理論的概念ではなく、個人の日常的な意思決定から組織行動、社会現象に至るまで広範囲に影響を与える実証された心理的傾向。
この効果を理解することで、より合理的な意思決定と問題への早期対応が可能になる。
なお、オストリッチ効果は、危険を感じると頭を砂に埋めるというダチョウの誤った俗説に由来する。
主な特徴
- 選択的情報回避: 不快な情報を積極的に避ける行動
- 非対称的な注意: 良いニュースには注目するが、悪いニュースは無視する傾向
- 短期的な心理的安心: 一時的に不安を軽減するが、長期的には問題を悪化させる可能性
事例と説明
提唱者

ジョージ・ローウェンスタイン 引用:https://en.wikipedia.org/wiki/George_Loewenstein
この概念は2006年に経済学者のダン・ガレイ(Dan Galai)とオーレッド・シェファー(Orly Sade)によって正式に提唱され、2009年にジョージ・ローウェンスタイン(George Loewenstein)らによってさらに研究が発展しました。
個人の財務行動
1. 投資口座確認回避
投資家は株式市場が好調なときには投資口座を頻繁に確認するが、市場が下落しているときには確認頻度が減少する。
カーネギー・メロン大学のKarlssonらによる研究では、市場が好調なときには確認頻度が20%増加し、下落時には9.5%減少することが示された。
損失を目にすることによる心理的苦痛を避けるための行動である。
2. クレジットカード債務の無視
多額の債務を抱える者が請求書を開封せず、アプリやオンラインバンキングへのログインを避ける行動を取る。
債務状況を確認しないことで一時的な不安軽減を図るものであるが、実際には利息の蓄積や延滞料金の発生によって問題が悪化する。
3. 税金申告の遅延
還付が見込まれる場合には早期に確定申告を行うが、追加納税が予想される場合には申告を締め切り直前まで遅らせる傾向がある。
不快な財務的義務に向き合うことを先延ばしにする典型例である。
健康関連行動
1. 医療検査結果の回避
がん検診や遺伝子検査など、深刻な病気の可能性を示す検査結果を確認しない行動である。
Osterらの研究では、ハンチントン病の遺伝子検査を受ける権利がある人の多くが、悪いニュースを避けるために検査自体を拒否する傾向が示された。
2. 健康アプリ使用パターンの変化
体重増加時に体重記録アプリの使用を中止したり、運動量が減少した時期にフィットネストラッカーの確認頻度が下がる現象である。
これは健康状態の悪化を示すデータを避けることで、罪悪感や不安を一時的に軽減しようとする行動である。
3. 定期健康診断の回避
健康上の問題が疑われる場合に、定期検診をキャンセルまたは延期する行動がみられる。
症状があっても「知らないでいる」ことを選び、診断による不安や生活変化の必要性に向き合うことを避ける心理的傾向である。
組織・企業行動
1. 企業の財務報告遅延
業績が悪化している企業が財務情報の開示を遅らせる傾向がある。
とくに「金曜日の夕方効果」として知られる、悪いニュースの発表を週末や市場閉鎖後に行う戦略が観察されている。
2. プロジェクト管理における報告回避
プロジェクトが予算超過や納期遅延に陥った場合、プロジェクトマネージャーが状況報告を避けることがある。
これは「サンクコスト効果」と組み合わさり、失敗が明らかなプロジェクトへの投資継続を招く場合がある。
3. 従業員評価の先延ばし
マネージャーが部下との困難なフィードバック面談を先延ばしにしたり、組織の問題に関する従業員調査結果を無視したりする行動が見られる。
不快な対話や変革の必要性に直面することを避け、短期的な心理的快適さを優先する行動である。
社会的・政治的現象
1. 気候変動否認
気候変動に関する科学的証拠や予測情報を意図的に避ける「気候変動否認」現象である。
Stoknesの研究では、気候変動の現実に向き合うことで生じる不安や生活様式の変更の必要性を避けるため、情報を無視または否定する心理的メカニズムが分析されている。
2. パンデミック対応の遅れ
COVID-19初期において、一部の国や個人が感染拡大の証拠を無視した例が見られた。
また、パンデミックの進行に伴い、感染者数や死亡者数などの統計を確認しなくなる「パンデミック疲れ」も観察されており、これは継続的な脅威に対する心理的防衛機制とされる。
3. 社会問題からの目そらし
貧困、人種差別、不平等といった社会問題に関する情報を避ける傾向がある。
とくに特権的立場にある人々が、自身の優位性や社会的不公正に関する証拠を避けることで、罪悪感や行動変化の必要性を回避しようとする心理的反応が報告されている。
実験研究からの事例
1. Golman & Hagmannの実験
参加者は自身の能力や知性に関する否定的なフィードバックを受ける可能性がある場合、情報を得る機会そのものを意図的に放棄する傾向があることが示された。
これは自己イメージを保護するための情報回避行動である。
2. Ganguly & Tasoffのフィールド実験
参加者はHIVなどの深刻な病気の検査結果を知るための支払い意思が低く、場合によっては検査結果を知らないままでいることにお金を支払う意思を示す場合もあった。
これは不快な真実よりも無知を選ぶという極端な情報回避の例である。
これらの事例は、オストリッチ効果が日常生活から組織行動、社会現象に至るまで広範囲に影響を与える普遍的な心理的傾向であることを示している。
この効果を認識することにより、より合理的な意思決定と問題への早期対応が可能となる。
主要文献
- Galai, D., & Sade, O. (2006). The “Ostrich Effect” and the Relationship between the Liquidity and the Yields of Financial Assets.
- Karlsson, N., Loewenstein, G., & Seppi, D. (2009). The ostrich effect: Selective attention to information.
- Golman, R., Hagmann, D., & Loewenstein, G. (2017). Information Avoidance.