特に動物行動学で知られ、雛が最初に見た動く対象を「母親」と認識して尾従するようになる行動などが典型例である。
起源と提唱者

Konrad Lorenzと、彼に刷り込まれたガチョウの群れ
本現象は19世紀の鳥類学者ダグラス・スポルディング(Douglas Spalding)により初めて観察され、生物学者のオスカルハインロート(Oskar Heinroth)が命名した。
その後動物行動学者のコンラート・ローレンツ(Konrad Lorenz)が、1935年の研究で「Filial imprinting(孵化直後や誕生直後の雛や幼生が、初めて出会った動く対象を親だと認識し、その後もその対象に追従する現象)」として広めたものである。
ローレンツは、動物行動学への貢献により、1973年にノーベル生理学・医学賞をニコ・ティンバーゲン、カール・フォン・フリッシュと共に受賞した。
デザインへの応用と具体例
① オンボーディング体験設計
利用方法:新規ユーザーが初めて触れる体験(UI、文言、導線)を丁寧にデザインすることで、その後の印象や操作行動に長期的な影響を与える。
具体例:初回チュートリアルで「〇〇をタップ」と明記された導線が刷り込まれると、以降ユーザーはそれが「自然な操作」として定着する。
② ブランド認知との連携
利用方法:初期接触時にブランドカラーやロゴ、トーンを強く印象付けることで、以降の体験でそれがブランドの基準として働く。
具体例:サービス初訪時に配色やキャッチコピーを統一して印象づければ、後のUI刷新時にも「この感じ」が基準となる。
③ 教育的コンテンツ設計
利用方法:学習コンテンツの最初にコア概念を刷り込むよう提示し、以降の進行や例示にその概念を参照させる。
具体例:プログラミング学習アプリで、初回に「変数とは=箱」の概念を導入し、それ以後すべての教材で「変数=箱」に由来するメタファーで展開する。
シーンと具体事例
場面:モバイルアプリの初回起動画面とオンボーディング
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誤用例:雑に初回表示して、重要操作を説明しない → ユーザーが後で「どうやるの?」と迷う行動が定着してしまう。
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改善例:「この画面で◯◯します」と最初に明示したうえで、一連の操作を踏ませる。結果としてユーザーは「これがスタートのやり方だ」と自然に刷り込まれ、以降も迷いにくくなる。
デザイン観点でのチェックポイント
観点 | 意識する内容 |
---|---|
初回体験の質 | 最初のUI・導線・案内がその後の行動基準となる |
一貫性の維持 | 最初の刷り込みと以後がずれると違和感や混乱を招く |
文化や習慣の配慮 | 文化やパターンの異なるユーザー群には別導線で刷り込みが必要 |
刷り込みは、最初に与える体験がその後の行動や認識の基盤となる極めて強力な心理現象である。デザインにおいては、初回体験を丁寧かつ意図的に作り込むことで、ユーザーの行動とブランドとのエンゲージメントを高めるための重要ツールとなるである。
「刷り込み」と「信念の保守主義」の違い
「刷り込み」と「信念の保守主義」はどちらも人の思考や行動に影響を与える心理現象ですが、その起こる時期と働き方に明確な違いがあります。以下に、わかりやすく対比して説明します。
刷り込み(Imprinting)
- 定義:ある時期に経験した情報や出来事が、その後の考え方や行動に強く影響を与える現象。
- 特徴:
- 幼少期や初期体験に強く起こる。
- 情報の内容より「初めての経験だった」ことが記憶に残る。
- 無意識に「これが普通だ」と感じてしまう。
- 例:
- 子どものころにWindowsを使っていた人が、大人になってもMacよりWindowsを選びがち。
- 初めて触れたアプリの操作体系が標準だと思い込む。
信念の保守主義(Conservatism Bias)
- 定義:既に持っている信念や知識を過大に評価し、新しい情報を軽視または拒否する傾向。
- 特徴:
- ある程度の知識や経験を持っている人に起こる。
- 情報の「更新」に対して慎重すぎる。
- 自分の理解が正しいと思い込み、変化を避ける。
- 例:
- 統計的に間違っていても「長年の経験ではこうだ」と主張する。
- ユーザーインタビューの結果より、自分の感覚を信じる。
項目 | 刷り込み | 信念の保守主義 |
---|---|---|
起こる時期 | 主に初期体験 | 経験が蓄積された後 |
影響の対象 | 最初に接したものを正しいと感じる | 持っている信念を守ろうとする |
柔軟性 | 非常に低い(そもそも気づかない) | 新しい情報への抵抗があるが論理で変わる可能性あり |
UXデザインでの注意点 | 最初の体験が後の行動を決める → 初回体験は慎重に設計 | 新UIに対して拒否感がある → 変化に理由づけが必要 |
UXやプロダクトデザインでの使い分け
- 「刷り込み」を意識する場面:オンボーディングや初回操作の設計。「最初にどう学ぶか」が、その後の全体的な操作理解や愛着に影響。
- 「信念の保守主義」を意識する場面:既存ユーザーに対するUI変更時。新機能や新UIの導入時に、「なぜこれが良いのか」の説明や段階的導入が有効。
一言でまとめると…
- 刷り込みは「最初の情報に引っ張られる」。
- 信念の保守主義は「変わることを拒む」。
どちらも、ユーザーの体験や情報設計を左右する重要な心理バイアスである。
関連用語
- 信念の保守主義(Conservatism Bias)