人間が意思決定をする際に、必要な情報すべてを集めたり、全ての選択肢を比較する時間や能力がないため、「最善の選択」ではなく「そこそこ納得できる選択(=満足解)」を選ぶ傾向があるという考え方である。
例えば、あなたが夜ご飯に何を食べるか迷っているとしよう。理論的には、全てのメニュー、健康効果、価格、調理時間、今の気分などを比較して「最もベストな夕食」を選ぶことができるかもしれない。しかし実際には、「冷蔵庫にある材料で簡単に作れるからパスタにしよう」と決めてしまう。これは、完全な情報や計算ではなく、「今の条件でまあまあ良い」選択をしている典型的な例である。
提唱者

ハーバート・サイモン(引用)https://mail.google.com/mail/u/0/?tab=rm&ogbl#inbox
1950年代にハーバート・サイモン(Herbert A. Simon)によって提唱された。
彼は人間の意思決定は常に制約の中で行われており、その制約の中で最善ではなく「十分に良い」選択肢を見つけようとする傾向があるとした。
デザイン上の利用方法と具体例
UXやプロダクトデザインにおいては、ユーザーが常に最も論理的で合理的な選択をするわけではなく、時間や認知コストを削減できる選択肢を選びやすいという前提を持つことが重要である。これにより、意思決定のシンプル化や選択肢の整理が設計における鍵となる。
具体的な適用シーンと事例
シーン①:Eコマースサイトでの購入判断支援
活用法: 商品一覧ページにおいて、情報が多すぎるとユーザーは選べず離脱する。よって、レビュー平均点・「おすすめ」バッジ・絞り込みフィルター等で「満足解」へ導く必要がある。
事例: Amazonではレビュー数と星評価で「選びやすい」構造を用意し、最適ではないが納得できる選択肢へ導いている。
シーン②:フォーム入力の簡素化
活用法: 入力項目が多いと離脱率が高まるため、最小限の入力で完了可能なUIを設計する。たとえば、郵便番号から自動的に住所を補完するなど、ユーザーの負担を下げる。
事例: クレジットカード申込フォームで、ユーザーの現在の職業カテゴリを選択式にして入力負担を軽減したところ、完了率が14%向上した。
シーン③:設定画面や選択肢の「デフォルト」設計
活用法: 人間はすべての選択肢を調査しないため、「よくある選択肢」や「推奨設定」を初期値として提供すると、より多くの人が納得できる選択を行いやすい。
事例: iOSの「位置情報共有設定」において、「Appの使用中のみ許可」がデフォルトで選ばれており、多くのユーザーはそれを変更せず使用している。
チェックリスト:限定合理性を前提としたUX設計
チェック項目 | 説明 |
---|---|
ユーザーはすべての情報を読む前提で設計していないか | 情報過多は逆効果になる可能性あり |
「選びやすさ」「分かりやすさ」を優先しているか | 認知コストを下げる工夫が必要 |
初期設定や推奨を明示しているか | デフォルトバイアスを活用できる |
「最適」より「十分に納得できる」解に誘導しているか | ユーザーの心理的負荷を考慮する |
決断による事例
インパール作戦(1944年)における事例は、「限定合理性」や「生存者バイアス」「認知バイアス(過信・楽観主義)」などの人間の非合理的意思決定**を象徴する歴史的な実例として知られている。
インパール作戦とは
インパール作戦とは、太平洋戦争中の1944年に日本陸軍がイギリス領インド・ビルマ国境のインパール攻略を目指して実施した軍事作戦である。第15軍司令官・牟田口廉也中将の主導のもと、兵站や現地状況の検討が不十分なまま開始された。
限定合理性に関するポイント
1. 情報不足のまま意思決定された
-
実際には兵站(補給)の確保が不可能に近いことが、多くの現場将校から上申されていた。
-
にもかかわらず、牟田口中将は「精神力」や「士気」で克服可能と判断し、作戦を強行。
-
これは「すべての情報や選択肢を検討することができず、制約内で非合理的な選択肢をとってしまう」という限定合理性の典型例である。
2. 前線の現実より、理想や過去の成功体験を優先
-
ノモンハン事件など過去の経験から、精神論で突破できるという誤った学習が意思決定に影響。
-
これは生存者バイアスや確証バイアスにも関係する。
デザインへの転用例(UX・プロダクト)
シーン:複雑な仕様決定や要件設計の場面
-
デザインや機能開発の会議において、「ユーザー調査や検証なしに、過去の成功例や上層部の直感だけで判断する」ケースがある。
-
このような場面では、インパール作戦と同様に、**「見えていないコスト」や「非現実的な期待」**が意思決定を誤らせる。
UXでの例:
-
リリース直前の多機能詰め込み設計:ユーザーの要望に基づかない大量機能追加が、使いにくさを生み、離脱を招く。
防ぐための対策(デザイン思考)
方法 | 内容 |
---|---|
ユーザーテストの導入 | 現場のリアルな声を設計に反映 |
ペルソナ・ジャーニーマップの活用 | 想定ユーザーを明確にし、感覚的判断を避ける |
早期プロトタイピングと検証 | 失敗コストの低いうちに意思決定を修正 |