人が複数の矛盾する認知(信念・態度・行動)を同時に抱えたときに生じる心理的な不快感や緊張状態を指す概念である。
この不協和に直面した際、人は内的な不一致を解消し、心理的な整合性を回復しようとする傾向がある。そのために、信念や態度の修正、行動の正当化、または新たな情報の取り入れなどの手段を用いて、矛盾の解消を図ろうとするのである。
提唱者

引用:レオン・フェスティンガー
アメリカの社会心理学者レオン・フェスティンガー(Leon Festinger)によって1957年に提唱された。
フェスティンガーの代表作『A Theory of Cognitive Dissonance』において理論化され、現代の心理学や行動経済学における基礎概念の一つとなっている。
認知的不協和の具体例
たとえば、WWDC2017で新しいMacが発表された直前に、ある人物(以下、A氏)がMacを購入したと仮定する。
(※以下に記述するMacに対する評価は、あくまで仮定に基づくものであり、実際の世間的評価を反映するものではない。)
A氏がその後インターネット上の情報を確認したところ、「新しいCPUの導入により動作が大幅に向上した」「新機能の追加により使いやすさが格段に増した」などといった高評価が多数投稿されていた。
この状況は、A氏にとって「Macを購入して快適な環境を手に入れた」という自己の行動と、「新しいMacが発表され、より良いモデルが入手可能になった」という新たな事実との間に矛盾を生じさせる。これにより、A氏の中には「もう少し待てばより良いMacを手に入れられたのではないか」という不快感が発生することとなる。
認知的不協和の解消方法
この不快感を解消する手段としては、大きく以下の2つが挙げられる。
- 行動の変更:購入したばかりのMacを返品し、返金を受けたうえで最新モデルを購入し直す(行動を変える)。
- 認知の変更:自らが購入したMacの優位性を示す情報を探し出し、選択が正しかったと自らに納得させる(認知を変える)。
現実的には1の選択肢を取ることは困難であるため、多くの場合、2の手段が採られることとなる。
認知の変更に基づく行動例
A氏が認知の変更を試みる過程では、以下のような行動が見られる可能性がある。
- 最新モデルに関する否定的な情報を積極的に探し出す(例:「価格が上昇している」「CPUの変更による性能差は実際にはわずか」など)。
- 自身がMacを購入した当時のやむを得ない事情や正当性を再認識する(例:「今すぐ業務で必要だった」「当時は値引きキャンペーンがあった」など)。
これらの行動は、一見合理的に見えるが、実際には「自らの認知を変えること」を前提とした選択的な情報収集に基づいており、結果として偏った判断を強化する恐れもある。
出典
ノーマン D.A. 他(著)『インタフェースデザインの心理学 ―ウェブやアプリに新たな視点をもたらす100の指針』
デザインにおける活用方法と具体例
認知的不協和は、プロダクトやサービスのデザインにおいて「行動を変えたい」「選択を確信させたい」場面で非常に有効である。
利用方法:
- 意図的に小さな不一致(違和感)を設計し、それを解消するためにユーザーが能動的に行動するよう誘導する。
- 購入後の不安や後悔(バイヤーズリモース)を軽減するメッセージを提供することで、満足感を高める。
- ユーザーの選択とブランドの価値観を一致させるメッセージ設計により、ロイヤルティを強化する。
シーン | 活用例 |
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ECサイトの購入後 | 「あなたの選択は多くの人が支持しています」などのメッセージ表示により、購入決定を正当化させ、満足度を向上させる。 |
サブスク解約画面 | 「今やめてしまうとこれだけの特典が失われます」など、矛盾を喚起し、思いとどまらせる工夫を施す。 |
学習アプリ | 学習しない自分 vs.「3日坊主にならない自分になろう!」といった訴求で、継続を促す。 |
なぜデザインに有効か
認知的不協和は「変化を生む心理的圧力」として機能するため、ユーザーにとって自然な行動の変容を促す力を持つ。強制ではなく、内発的な理由づけ(=自分で選んだと思わせる)を支援する設計は、ユーザーエクスペリエンスを向上させる上で有効である。