「もしPならばQである」という条件から、Pが成り立たないのであればQも成り立たないと短絡的に結論づけてしまう、形式的誤謬である。
起源
この誤謬は古代ギリシャ以来、形式論理学で識別されてきた。
今日では論理学や批判的思考において広く知られており、“P → Q”の前提Pを否定することでQを否定する推論が誤りであることは各種文献で明記されている。
デザインへの応用と具体的事例
① 要件定義や仕様策定
問題点:「トップページがモバイル対応ならユーザーは増える」と定義し、モバイル対応しないならユーザーは増えないと結論づけるのは誤謬である。実際にはSEOや広告施策、コンテンツの質など他要因も影響する。
対策:根拠を複数の要素で検証し、「モバイル対応が要因の一つ」という構造で論理的に説明する。
② ユーザーテスト評価
問題点:「□□機能を改善すれば離脱率が下がる」と想定して、改善しなかった場合には離脱率が下がらないと決めつけるのは誤った推論である。
対策:「□□機能を改善した後、他の改善施策を同時に実施した結果、離脱率が◯%改善した」というように、複数施策の関係を整理しながら分析する。
③ KPIとダッシュボード設計
問題点:「CTRが低いからコンテンツは良くない」とした場合、CTR改善だけでコンテンツ品質を否定する判断は誤っている。アクセス元やユーザーニーズ、不具合など他の要因も考慮が必要である。
対策:CTR低下原因を多面的に分析し、「改善すべき」と判断する根拠に多様なデータを用意する。
シーンと具体的事例
チームミーティングで「A/Bテストで変化なしだったから施策は意味がない」と結論を急ぐ場面。
誤謬の流れ:
- 前提 :もし改善Aを実施すれば、KPIは改善されるはず
- 事実 :Aは未実施である
- 結論 :したがって、KPIは改善しない
改善例:「改善Aと同時に改善Bも影響する可能性があるため、まずAを実施して効果を測定し、その後Bを導入し比較する」とプロセスを分けて分析することで、誤謬を回避する。
チェックポイント
- 前件Pを否定しても後件Qの否定にはならない
- 他の因果や要因を明示し、過度な単純化を避ける
- データに基づいて論理構造を組み立て、短絡的な結論を防ぐ
前件否定は「Pが成り立たないからQもだめだ」と安易に断定する思考のワナである。
プロダクト開発では、多因果の観点と介入設計を丁寧に行うことが、誤謬回避の鍵となるである。
前件否定の誤謬 と 後件肯定の誤謬 の違い
前件否定の誤謬と後件肯定の誤謬は、どちらも「もしPならばQである(P → Q)」という条件文の誤った解釈から生じる**論理的誤謬(formal fallacy)**であるが、間違いのパターンが異なる。以下にわかりやすく比較して解説する。
種類 | 形式 | なぜ誤りか |
---|---|---|
前件否定の誤謬 | 「PでなければQではない」→ Pでない → だからQでない | QはP以外の原因からも起こり得るため、否定できない。 |
後件肯定の誤謬 | 「PならばQ」→ Qが起きた → だからPだ | Qが起きた原因はPとは限らず、他の原因でも成立し得るため。 |
例文(条件文):
「もしそれがリンゴなら、赤いはずだ(P → Q)」
✅ 正しい論理(仮言三段論法)
- P:リンゴである
- Q:赤い
「リンゴなら赤い」→「これはリンゴだ」→「だから赤い」✅(これは正しい)
❌ 前件否定の誤謬
- 前提:「もしリンゴなら赤い(P→Q)」
- 主張:「これはリンゴではない(¬P)」
- 結論:「だから赤くない(¬Q)」
間違いポイント:リンゴでなくても、例えばトマトも赤いので「赤くない」とは言えない。
❌ 後件肯定の誤謬
- 前提:「もしリンゴなら赤い(P→Q)」
- 主張:「これは赤い(Q)」
- 結論:「だからリンゴだ(P)」
間違いポイント:赤いものはリンゴだけではない。トマトやイチゴかもしれない。
UX・プロダクトデザインでの活用
前件否定の誤謬を避ける
誤謬例:「このボタンが赤くなければユーザーはクリックしない(P→Q)」→「今は赤くないから、ユーザーはクリックしない(¬P→¬Q)」
対策:色以外の要因(ラベル、配置、文脈)も考慮すべき。
後件肯定の誤謬を避ける
誤謬例:「クリック数が増えた(Q)から、デザイン変更が効いた(P)」
対策:同時期に他の施策がなかったか検証し、A/Bテストなどで因果を裏付ける。
どちらも「条件文の一方向性(→)」を逆方向に使ってしまう誤りである。
プロダクトやコンテンツの改善や評価においては、因果関係を飛躍させず、他の可能性や条件を検討する慎重な姿勢が重要である。