TOP UX用語 ツール・フレームワーク・方法論・分類 インセプションデッキ

インセプションデッキ Inception Deck

プロジェクトの全体像を共有し、共通認識を築く対話ツール。

インセプションデッキとは、プロジェクトの開始時に、その目的や範囲といった全体像をチームで共有するための対話ツールである。これは単に資料を作ることが目的ではない。10個の問いにチーム全員で答えていくプロセスを通じて、「なぜこのプロジェクトを行うのか」という根本的な部分から認識を合わせ、チームとしての進むべき方向を定める羅針盤を作り上げることに本質的な価値がある。

資料作りではない、対話こそが本質

インセプションデッキは、プロジェクトの目的、背景、作るもの、作らないものなどを明確にするための10個の質問で構成されたフレームワークである。

  1. 我われはなぜここにいるのか (Why1):目的、存在理由、誰の課題を解決するか
  2. エレベーターピッチをつくる (Why2):30秒でプロジェクトを魅力的に伝える
  3. パッケージデザインをつくる (Why3):成果物のキャッチコピーや特徴を視覚化
  4. やらないことリストをつくる (Why4):スコープ外を明確にし、肥大化を防ぐ
  5. 「ご近所さん」を探せ (Why5):関係するステークホルダー(ユーザー、チームなど)の洗い出し
  6. 解決案を描く (How1):アーキテクチャの概要、具体的な仕組み
  7. 夜も眠れなくなるような問題は何だろう (How2):リスク、懸念点、課題
  8. 期間を見極める (How3):全体的なスケジュール感
  9. 何を諦めるのかをはっきりさせる (How4):トレードオフスライダー(スコープ、コスト、品質、時間)の決定
  10. 何がどれだけ必要なのか (How5):必要な予算、人数、リソース

完成したスライド資料そのものよりも、これらの問いに対して関係者全員で議論し、認識を合わせていく「対話のプロセス」が最も重要視される。

この対話を通じて、エンジニア、デザイナー、企画担当者など、異なる立場の人々が持つ期待や懸念が明らかになる。そして、プロジェクトに対する共通の理解と「チームの言葉」が生まれ、その後のスムーズな意思決定の土台となるのである。

迷いをなくすために生まれたアジャイルの道具

この手法は、アジャイル開発の専門家であるJonathanジョナサン Rasmussonラスマッセン氏が、自身の経験をもとに提唱したものである。彼が2010年に出版した著書『The Agile Samurai』(邦題:アジャイルサムライ−達人開発者への道−)の中で詳しく紹介された。

ジョナサン・ラスムッセン(出典:https://m.media-amazon.com/images/S/amzn-author-media-prod/cvtb0c9rj20pk261n5p50cnfm.jpg)

提唱の背景には、変化に素早く対応するアジャイル開発の現場で、プロジェクト開始時の目標共有が不十分だという課題があった。従来の開発手法で使われた分厚い仕様書がない代わりに、目的や範囲が曖昧なままプロジェクトが始まってしまい、途中で方向性がぶれることが少なくなかった。この問題を解決するため、プロジェクトの最初に重要な問いについて全員で話し合い、合意を形成するためのシンプルで強力なツールとしてインセプションデッキが考案された。

チームの「共通言語」で迷いをなくす

インセプションデッキの最大の価値は、プロジェクトの「なぜ?(Why)」「なにを?(What)」「どうやって?(How)」という根幹部分を明確にすることにある。これにより、チームは同じ目標に向かって進むことができるようになる。

* 目的の明確化
「我々はなぜここにいるのか?」という問いは、プロジェクトの根本的な目的やビジョンをチーム全員で再確認する機会を与える。これにより、日々の作業が大きな目標のどの部分に貢献するのかが分かり、モチベーションの維持につながる。
* スコープの限定
「やらないことリスト」を作成することで、限られた時間とリソースを最も重要な機能に集中させることができる。何でも作ろうとするのではなく、「やらないこと」を意図的に決めることで、プロジェクトの成功確率を高める。
* リスクの早期発見
「夜も眠れなくなるような問題は何か?」という問いは、プロジェクトに潜む技術的、人的、ビジネス的なリスクを早い段階で洗い出すことを促す。問題が小さいうちに対策を打つことが可能になる。

関係者を集めて対話の場を作る

インセプションデッキは、プロジェクトが始まる直前のキックオフのタイミングで、関係者を集めたワークショップ形式で実施するのが最も効果的である。半日から2日程度の時間を確保し、以下のステップで進めていく。

1. 参加者を集める
開発チームのメンバーだけでなく、企画、営業、経営層など、プロジェクトの成功に不可欠な関係者(ステークホルダー)をできるだけ集める。
2. 10の質問に答える
ファシリテーターが10個の質問を一つずつ提示し、参加者全員で議論する。付箋などを使って意見を出し合い、模造紙やホワイトボードにまとめていく。
3. 対話を通じて合意する
意見が分かれた点については、なぜそう考えるのかを互いに説明し、議論を深める。全員が納得できる答えを見つけ、チームとしての合意を形成することが重要である。
4. 成果をまとめる
ワークショップで出た内容をスライドなどの資料にまとめる。この資料は、プロジェクト期間中、いつでも立ち返ることができる「チームの憲法」として活用される。

迷走したプロダクトの羅針盤となる

インセプションデッキは、新しいプロジェクトだけでなく、リリースから時間が経ち、方向性を見失いかけたプロダクトを立て直す場面でも力を発揮する。

例えば、運用中のプロダクトで、ユーザーからの要望が多すぎて何から手をつければ良いか分からなくなったり、チームの目的意識が薄れてきたりしたとする。このような状況で改めてインセプションデッキのワークショップを開くことで、「我々は何のためにこのプロダクトを作っていたんだっけ?」という原点に立ち返ることができる。創業時の情熱を思い出し、現在の市場やユーザーの変化を反映させることで、プロダクトが次に進むべき道を再発見するための羅針盤となるだろう。

関連用語

  • プロダクトビジョンボード
  • ユーザーストーリーマッピング

アジャイル

BtoB人事業務アプリのコンサルタント→エンジニア→BtoCのWebディレクターを経て、再度BtoB業務アプリとなる物流プラットフォームのUIUXに挑戦。オンライン/オフライン双方でのBtoBUXを改善すべく奮闘中。

「UX用語」のカテゴリー

PHP Code Snippets Powered By : XYZScripts.com