同一人物であるにも関わらず、Aの側面とBの側面を別々に認識するこで、同一人物と思わない誤謬。
「私の父の顔は知っているが、覆面をした男の顔は知らない」→「ゆえに覆面男は私の父ではない」と結論づけるのは、この誤謬の典型である。
起源と提唱者
「Masked‑Man Fallacy」や「Illicit Substitution of Identicals」は、Leibnizの同一性の法則(同一なら属性も等しい)を「知っている/知らない」といった知識の文脈に誤適用することに由来するものである。
提唱者とされる個人はいないが、Descartesが心身二元論を論じる際に類例を示したとも言われ、正式に整理されたのは現代の論理学の文脈である。
デザインへの応用と具体事例
① ユーザー理解とペルソナ設計
問題点:「ペルソナAを理解している=全ユーザーがペルソナと同様に行動する」と考え、すべてのUXをその前提で設計してしまう。
対策:異なるユーザーセグメントの知識や背景を分けて検証し、置き換え可能ではないことを理解する。
② UXリサーチ結果の解釈
問題点:「一部の参加者が特定ラベルを使用=全ユーザーは同じラベルを理解する」と誤認すると、UI文言のずれが起きる。
対策:言葉の理解度を複数参加者で確認し、言い換えが必要か判断する。
③ ナレッジ共有・ドキュメント設計
問題点:「担当者は仕様の背景を知っている=後任も同様に理解している」と前提して共有文書を作る。
対策:詳細説明をドキュメントに含め、意図や背景を明示して共通理解を担保する。
シーンと事例
場面:プロダクト戦略会議で「既存UXを理解しているから、新UIでも問題ない」と話が進んでいる場面。
誤謬の流れ:
- 大前提:担当のAさんは旧UIを熟知している
- 主張:「だから誰にでも説明不要」と結論
改善例:
- 「旧UIに慣れたAさんと、初めて触るBさんの理解度を比較しましょう」
- その上で「両者で理解に差がある場合、Q&Aを追加案として検討します」と対策を提案する。
デザイン観点でのチェックポイント
観点 | 注意内容 |
---|---|
情報の取り違え | 同一対象でも、人によって文脈が異なる |
セグメント別理解 | 異なる背景を明らかにし、混同を防ぐ |
ドキュメントの明確化 | 「知っている/知らない」を前提にしない共有設計 |
覆面男の誤謬は、「知っているかどうか」を「同一かどうか」の根拠に据えてしまう認識の落とし穴である。
プロダクトやコンテンツ設計においては、利用者・関係者ごとの前提条件や理解状態を丁寧に確認し、置き換えの誤りを避ける設計文化の構築が重要であるである。