長期記憶に保持した記憶を想起する(思い出す)と、記憶は一時的な記憶のように不安定な状態になるが、その後再度固定化を行うことで安定的に脳へ定着させることができる。このことを記憶再固定化という。
記憶の種類と記憶固定
人の記憶は保持される期間によって短期記憶(※感覚記憶)、長期記憶に分かれる。
上図のように、人は感覚器官から受け取った情報を短期記憶(※感覚記憶)として保持、リハーサル(記憶するための反復行為)を繰り返して短期記憶から長期記憶へ変換している。(記憶の二重貯蔵モデルより)
※感覚記憶を別の記憶としている理論も誕生している
実験心理学では、長期記憶のように長く脳に保持される記憶のことを「安定」であると定義し、短期記憶のように一時的な記憶のことを「不安定」であると定義している。「不安定」な短期記憶から「安定」した長期記憶に変換する仕組みが記憶固定化である。
記憶想起後のプロセス
固定化された長期記憶は安定して保持されると考えられてきていた。
しかし、2000年にKarim Naderらによって、「固定化した記憶は想起する(思い出す)と、一旦短期記憶のような不安定な状態になる」ことが報告された。すでに固定した記憶を想起すると一旦不安定になり、その後再度固定化を行うことで、安定的に脳へ定着するという概念が提唱されたのである。
記憶を想起した後は再固定化または消去学習のプロセスをたどる。新たに獲得した経験と既存の記憶を結びつけて追加・修正を行い、記憶のアップデートを行う事もあれば、記憶をそのまま維持する事もある。
既存の記憶をそのまま維持した状態で再固定化すると、想起前よりも記憶が強化される。逆に記憶をアップデートし「消去学習」となる。
消去学習
記憶のアップデートを利用した学習方法として消去学習があり、研究には恐怖記憶が用いられた。
恐怖記憶は恐怖体験の記憶であり、体験した際の「恐怖」と五感で知覚した「状況(文脈)」とが関連づけられた「恐怖条件づけ記憶(状況を刺激に、恐怖が思い出される記憶)」である。そのため、恐怖体験した場所を再訪したり音や匂いなどに接したりして、同じ状況に再び遭遇すると恐怖記憶が想起されるのである。
例えば、犬に吠えられて怖い体験をした後、犬を見ただけで怖かった気持ちが思い出されるということが挙げられる。恐怖記憶を想起した後、一旦恐怖記憶は不安定な状態になる。この不安定な時に「恐怖を感じる必要がない」ということを新たに学習し、記憶がアップデートされると恐怖感は薄れていく。これが消去学習である。消去とはなくなるという意味だが、上書きされると考えればわかりやすい。
犬の例の場合、犬に出くわしても吠えられなかったことが繰り返されると「犬は怖くない」というように恐怖反応はなくなっていく。一方、犬を見つけた後に自分がその状況から逃げてしまった場合は恐怖記憶が維持された状態で再固定化し、恐怖記憶が強化される。
実社会での応用
一旦記憶を想起すると記憶が不安定になることを利用した事例が、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療である。
PTSDの治療では、患者が安全だと認識する状況で繰り返し恐怖体験を想起することで、想起したトラウマ記憶の減弱化を導く持続エクスポージャー療法が用いられている。