NIHとはNot Invented Hereの略で、「ここで発明されていないもの(=他人が作ったもの)を否定する」という意味である。つまり、自分が考えたものが一番良いと考える思考で、自前主義とも言われる。他者のものを使いたくないという意味で、歯ブラシ理論とも呼ばれる。
NIH症候群に陥ると、自分の作ったものに執着し合理的に判断できなくなる。一方で、NIH症候群をうまく活用すれば、仕事や研究に対してモチベーションを高める効果があるとされる。
マサチューセッツ工科大学のスローン経営大学院のRalph KatzとThomas J. Allenが1982年に発表した論文でNIH症候群を定義した。
SONYやエジソンも陥ったNIH症候群
ある分野で成功を収めた人物や企業が、他人や他社のアイデアに無関心になったり、頭ごなしに批判することがある。
SONYは、過去にウォークマンなど大ヒット商品を生み出した後、自社の発明以外のことには関心を持たなくなった。iPodよりソニーの自社製品が良いものであるというNIH症候群に陥っていたことで、mp3プレイヤーの開発に出遅れてしまった。
蓄音器などの開発で名声を得たトーマス・エジソンは、直流電流を開発した。その後、ニコラ・テスラにより開発された交流電流は、直流電流より電圧変換が容易で優れていることがわかった。エジソンは自身が開発した直流電流が優れていると思い込むNIH症候群に陥り、交流電流を批判した。
エジソンとテスラの確執を描いた映画「The Current War」
自分のアイデアを高く評価することを証明した実験
行動経済学者のダン・アリエリーは、自分のアイデアが優れていると思い込む「NIH症候群」の心理傾向を証明する実験を行った。
社会問題の解決策に対して数千人に回答してもらった。アンケート内容は、実現可能性が高く、実現のためのリソース・お金をどれくらいかけられるかというものだ。そのアンケートに回答した自分の内容と、同じ単語を使った他人のアンケート内容の評価をしてもらった。
結果的に、自分で考えた解決策に高い評価をつける人が多かった。内容の良し悪しによらず自分が考えたものが他よりも優れていると考える「NIH症候群」の心理傾向が証明された。
渋々相手に従う状況で妥協した行動に陥りやすい
NIH症候群による問題は、アイデアを仕事にする発明家や起業家・経営者のような人だけに起こる問題ではなく、どんな人でも身近な状況で起こりうる。書籍「トリガー 自分を変えるコーチングの極意」の中で、やり遂げずに妥協してしまう「まあまあ」の問題が紹介されている。
書籍の例では、医師が心臓病の治療のために11キロ痩せることを患者に指導したが、患者は5キロ痩せたところで体型的に問題はないと勝手に解釈し、痩せることを辞めてしまった。
「まあまあ」の問題は渋々他者に従う場合に起きやすく、NIH症候群によって自分の判断や考えの方が優れているから相手に従わなくても良いという判断で起こりやすい。
自分が相手に従うときは、NIH症候群に陥って妥協した行動をしていないか客観的になる必要がある。逆に、ステークホルダーや他チームなどの周囲を巻き込む場合は、「渋々従ってもらう」状況を避け、相手に判断や考えを納得してもらうことが大切である。NIH症候群の特性を知っていることで、周囲と協力して進めることができる。
NIH症候群を活用してモチベーションを高める
行動経済学者として知られるダン・アリエリーは「不合理だからうまくいく」の中で、NIH症候群は自分が考案したと思うことで所有意識を感じ、より価値を感じやすい保有効果が起こると述べている。所有意識により高い価値を感じる効果は、自分が作ったものに愛着を感じやすいイケア効果と同様である。
アリエリーは、NIH症候群は保有効果によって、自身のアイデアに没頭できる力にもなるとしている。相手の指示を受け入れられない場合でも、相手と相談しながら自分の意見やアイデアを組み込んでいくことで、指示をやり遂げるモチベーションを作ることができる。
先ほどの心臓病治療のために11キロ痩せると指導された患者の例であれば、痩せる方法に自分のアイデアを取り入れると妥協せずにやり遂げやすくなる。たとえば、医師に言われた通りに40分歩くのではなく、お気に入りの自転車を買ってサイクリングする。または、3キロ痩せられたら好きな洋服を買うなど、達成手段や目標設定に自分のアイデアを盛り込む事ができる。
納得できない相手の考えや指示でも、自分のアイデアを組み込めれば、NIH症候群を逆手に取ってモチベーション高く行動できる。
関連用語
参考リンク
- NIH症候群
- Not invented here
- NIH (Not Invented Here)症候群|大学教員のつぶやき
- Not Invented Here Syndrome explained
- 電気椅子 – Wikipedia
参考文献
- ダン・アリエリー『不合理だからうまくいく』櫻井祐子訳 早川書房 2014年
- Ralph Katz and Thomas J. Allen(1982)『Investigating the Not Invented Here (NIH) syndrome: A look at the performance, tenure, and communication patterns of 50 R & D Project Groups』Sloan School of Management M.I. T
- マーシャル・ゴールドスミス『トリガー 自分を変えるコーチングの極意』斎藤 聖美訳 日本経済新聞出版 2016年