このバイアスを持つ者は、成功の可能性を過小評価し、失敗や悪い結果が生じる確率を過大に見積もる傾向がある。
そのため、成功の可能性を低く見積もり、失敗や悪い結果が起こる確率を高く見てしまう。
提唱・主な研究者
悲観バイアスの概念は、一人の研究者によって明確に発見・定義されたものではなく、認知心理学や行動経済学の分野における複数の研究者の貢献により、徐々に形成・体系化されてきた。
マーティン・セリグマン

引用:(pursuit-of-happiness.org)マーティン・セリグマン
心理学者のマーティン・セリグマンは、学習性無力感および悲観的帰属スタイルの研究を通じて、悲観バイアスの理解に重要な貢献を果たした。彼は「帰属スタイル」という概念を提唱し、人が否定的な出来事をどのように解釈するかが精神的健康に大きく関係していることを明らかにした。特に、悲観的な帰属スタイルは、うつ病などの精神疾患と関連性があるとされる。
出典: Seligman, M. E. P. (1991). Learned Optimism: How to Change Your Mind and Your Life. New York: Knopf.
https://www.authentichappiness.sas.upenn.edu/learn/learnedoptimism
ジェームズ・シェパード
ジェームズ・シェパードは、人々が将来の出来事について不必要に悲観的な予測をする傾向を実証的に示し、悲観バイアスの特性に関する理解を深めた。
出典: Shepperd, J. A., Ouellette, J. A., & Fernandez, J. K. (1996). Abandoning unrealistic optimism: Performance estimates and the temporal proximity of self-relevant feedback. Journal of Personality and Social Psychology, 70(4), 844-855.
https://doi.org/10.1037/0022-3514.70.4.844
タリ・シャロット

引用:(londonspeakerbureauasia.com)タリ・シャロット
タリ・シャロットは、楽観バイアスと悲観バイアスの神経基盤に関する研究を行い、特定の状況や精神状態(うつ病など)において、悲観バイアスが顕著になることを明らかにした。彼女の研究は、脳内でこれらのバイアスがどのように処理されているかに関する理解を深めた。
著書には『The Influential Mind』と『The Optimism Bias』がある。
出典: Sharot, T. (2011). The optimism bias. Current Biology, 21(23), R941-R945.
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(11)01191-2
ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキー

ダニエル・カーネマン(引用:Wikipedia)
主な研究者に含まれるダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは、認知バイアス研究の基礎を築いた。
彼らは1970年代に、人間の判断と意思決定に関わる様々なバイアスを体系的に研究し、「プロスペクト理論」を提唱した。この理論は、人々が損失を過大評価する傾向、すなわち悲観バイアスの重要な側面を示している。彼らの研究は、その後の認知バイアス研究の土台となった。
出典: Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263-291.
https://www.jstor.org/stable/1914185
悲観バイアスのメカニズム
悲観バイアスは、人間の脳が潜在的な脅威や危険に敏感に反応するよう進化してきたことと関連している。祖先にとって危険を過大評価することは生存のために有利であり、その傾向が現代人にも残っていると考えられている。
マーティン・セリグマンはこの現象を次のように説明している:
「悲観主義者は、ネガティブな出来事を永続的かつ普遍的なものとして解釈し、自分自身を責める傾向がある。一方、楽観主義者は、同じ出来事を一時的かつ特定の状況に限定されたものとして捉え、自分以外の要因に原因を求める」
— マーティン・セリグマン(『学習性無力感』の著者)
出典: Seligman, M. E. P. (1991). Learned Optimism: How to Change Your Mind and Your Life. New York: Knopf.
https://www.authentichappiness.sas.upenn.edu/learn/learnedoptimism
実例
1. 就職活動における悲観バイアス
大学生の就職活動では、悲観バイアスによって実際よりも低い内定獲得率を予測する傾向がある。例えば、ある研究では、学生が平均して30%と予想したのに対し、実際の採用率は45%であった。この結果は、学生が自身の就職可能性を過小評価していることを示している。
出典: Shepperd, J. A., Ouellette, J. A., & Fernandez, J. K. (1996). Abandoning unrealistic optimism: Performance estimates and the temporal proximity of self-relevant feedback. Journal of Personality and Social Psychology, 70(4), 844-855.
https://doi.org/10.1037/0022-3514.70.4.844
2. 健康不安と悲観バイアス
軽度な頭痛や腹痛などの症状を「深刻な病気の兆候かもしれない」と考え、実際の確率以上に重篤な病気を疑う傾向がある。
出典: Barsky, A. J., Saintfort, R., Rogers, M. P., & Borus, J. F. (2002). Nonspecific medication side effects and the nocebo phenomenon. JAMA, 287(5), 622-627.
https://jamanetwork.com/journals/jama/article-abstract/194702
3. 投資判断における悲観バイアス
株式市場が下落している際、投資家は将来の回復可能性を過小評価し、さらなる下落を予測しがちである。これは、市場のパニック売りを引き起こす要因の一つとされている。
出典: De Bondt, W. F. M., & Thaler, R. H. (1985). Does the Stock Market Overreact? The Journal of Finance, 40(3), 793-805.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1540-6261.1985.tb05004.x
悲観バイアスの影響
悲観バイアスは、次のような影響を人間の行動や感情に及ぼす:
-
意思決定の歪み:リスクを過大評価することにより、重要な機会を逃す可能性がある。
-
不安とストレスの増加:実際には起こりにくい悪い結果を過度に心配することで、メンタルヘルスに悪影響を及ぼす。
-
自己成長の制限:「どうせうまくいかない」という思考により、挑戦する意欲が損なわれる。
カーネマンとトベルスキーは、このような認知バイアスについて次のように述べている:
「人間の判断と意思決定は、系統的な認知バイアスによって歪められることがある。これらのバイアスは、私たちが合理的に考えていると思っているときでさえ、選択に影響を与える」
— ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキー(プロスペクト理論の提唱者)
出典: Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263-291.
https://www.jstor.org/stable/1914185
悲観バイアスへの対処法
悲観バイアスに対処する方法には、以下のようなものがある:
- 証拠に基づく思考:感情に流されず、事実やデータをもとに判断する。
- 認知行動療法の技法:自動的なネガティブ思考を特定し、現実的な思考へと修正する。
- マインドフルネス:現在の瞬間に意識を向け、過剰な心配を抑える。
- 過去の成功体験の振り返り:自身の成功体験を思い出すことで、自信を高める。
出典: Beck, A. T., & Dozois, D. J. A. (2011). Cognitive therapy: Current status and future directions. Annual Review of Medicine, 62, 397-409.
https://www.annualreviews.org/doi/10.1146/annurev-med-052209-100032
まとめ
悲観バイアスは、人間の認知システムに組み込まれた普遍的な傾向である。
このバイアスを認識し、客観的な視点を持つことで、より正確な判断と健全な精神状態の維持が可能となる。
ただし、適度な悲観は有益な側面もあり、過度の楽観による失敗から身を守る役割を果たすこともある。
重要なのは、バランスの取れた現実的な見方を養うことである。