人間は、本能的に眺望と隠れ場の両方を求める性質がある。視界が遮られない場所であり、身を隠すことができる場所を好む現象を指す。
「眺望」を求める理由は、見晴らしの良い環境にいたいという欲望があるためであり、「隠れ場」を求める理由は、安全のために周囲から身を隠せる環境にいたいという欲望があるためである。
人文地理学者であり、ハル大学の地理学教授であるJay Appletonが、著書『The Experience of Landscape(景観の経験)』のなかで提唱した。
「人間は無意識に『眺望』と『隠れ場』の景観を美しいと感じ、存在価値を見出す。また、『眺望』や『隠れ場』を表す景観を見るうちに、『眺望』や『隠れ場』の特徴を覚えていく」とアップルトン氏は述べている。

提唱年:1975年
提唱者:
人文地理学者/ハル大学 地理学教授
ジェイ・アップルトン氏
(画像引用: ジェイ・アップルトン – Wikipedia)
「眺望」から得られる価値
「眺望」の良い景観は、狩猟時代に獲物をすぐに発見できる、視界を遮らない場所として機能した。人間は遠くを見晴らせる環境に価値を見いだすようになった。
17世紀にオランダで活躍した風景画家メインデルト・ホッベマの絵画「ミッデルハルニスの並木道」は、「眺望」を表現した作品である。舗装された道・並木・広がる空・奥に見える塔などを描くことで、「眺望」の特徴となる「見渡し・見晴らし」が表現されている。

眺望の特徴である「見渡し・見晴らし」を表現した絵画「ミッデルハルニスの並木道」
「隠れ場」から得られる価値
「隠れ場」となる景観は、狩猟時代に獲物を見つけたり危機を感じた際に身を隠す場所として機能した。自らの姿を隠したまま相手の様子を伺うことが可能になり、敵から不意打ちを喰らわない状況を確保できるため、安心する効果を得られる。
ホッベマの絵画である「木立の間を通るわだちの脇にある家」は、舗装されていない道・生い茂る森林・空を覆うように包み込む雲・木陰の家など、視界を遮る景観の描写を通して「隠れ場」の特徴である「身籠り・潜伏」を表現した作品である。

隠れ場の特徴である「身籠り・潜伏」を表現した絵画「木立の間を通るわだちの脇にある家」
眺望-隠れ場理論の応用事例
ビジネスにおける応用事例
展望台は眺望-隠れ場理論を応用したビジネスモデルである。展望台から眺める景色は高いところから遠く、かつ広く見渡せるため「眺望」として機能する。さらに、地上から離れており、安全が確保された空間なので「隠れ場」としても機能する。「眺望」と「隠れ場」の両方を満たしている場所なので、人々は価値を感じてお金を支払う。
東京スカイツリーには、天望デッキ・天望回廊という2つの展望スペースが設けられており、上にある天望回廊に行くためには追加料金がかかる。見晴らしが良い環境に価値を感じているため、人々は費用をかけてでも高層階に行きたいと考える。

東京スカイツリーの料金構造。天望デッキと天望回廊には異なる料金とし、天望回廊には特別感を与える体系にしている。
建築・デザイン分野における応用事例
建築やデザインの分野にも応用される。著名な例に、藤森照信氏による「高過庵」が挙げられる。
2004年、長野県茅野市に建造された、高さ6mの栗の木の上に設けられた個室スペースの茶室である。
狭い屋内空間からは、町並みを眺められるように設計されており、絶景を見ながら静かにお茶の時間を楽しむことができる。

眺望-隠れ場理論が応用されている高過庵
監視・看視行動時に適用される理論
眺望-隠れ場理論に基づいた場所は安心感を生むので、「監視(見張り)」や「看視(見守り)」するための場所にも応用される。観察する側の姿を隠しつつ、視界だけは確保しておく状況を作り出すことで適用できる。
例えば、スイミングクラブでは、保護者が観察するエリアがプール全体を見渡せる場所に設けられている。また、授業参観では親が後ろから子どもの様子を観察することができる。

監視や看視を行える、視界を遮らない環境
SNSにも眺望-隠れ場理論を応用できる。匿名で利用することで、自分の素性を隠しながら閲覧することができたり、関わりを持ちたくないアカウントをブロックすることで、敵から身を隠すことができる。

SNSは匿名で全体を見渡しながらも、身を隠せる環境である
関連用語
参考サイト
- ジェイ・アップルトン|Wikipedia
- メインデルト・ホッベマ | Wikipedia
- 【長野】まるでジブリの世界。”藤森照信さん”の建築物を巡ろう!+周辺グルメ情報|icotto
- フジモリ建築巡り 後編|ぷらっとりっぷ
- 第5回 竹田 直樹 「なぜ、展望は爽快なのか」 | 専門職大学院課程
- 永太郎(ながたろう)Twitter
- Prospect-refuge theory