主に嗅覚や味覚が引き金となり、幼少期の記憶や感情体験が一瞬で蘇る。
五感の中でも嗅覚は脳の記憶・感情を司る部分と直接つながっており、この効果はとりわけ香りにおいて顕著である。
提唱者
この名前は、フランスの作家マルセル・プルースト(Marcel Proust)に由来する。
彼の代表作『失われた時を求めて(À la recherche du temps perdu)』の一節で、主人公が紅茶に浸したマドレーヌの香りと味をきっかけに、幼少期の記憶を鮮やかに思い出す場面から命名された。
心理学的理論としてプルースト自身が提唱したものではなく、彼の文学作品に登場した現象を、後の心理学者や神経科学者が実験的に検証・命名したものである。
プルーストの写真:(引用)https://activehistory.ca/blog/2021/03/29/life-with-marcel-proust/
図解:プルースト効果の仕組み

- 匂い → 嗅神経 → 扁桃体・海馬(感情・記憶中枢)→ 感情記憶の想起
- 視覚・聴覚などと異なり、嗅覚は大脳辺縁系にダイレクトに伝わる
- 結果として、匂い→感情記憶が瞬時に発火しやすい
プルースト効果のデザインへの応用
1. ブランド体験における香りの設計
プルースト効果を活用することで、ブランドやプロダクト体験を記憶に深く刻み込むことが可能である。たとえば、高級ホテルのロビーや店舗に独自の香りを漂わせることで、顧客がその空間で過ごしたポジティブな体験を再現しやすくなる。
事例:パークハイアット東京
ホテル内の香りを空間全体に設計し、宿泊者の記憶と結びつけることで「また来たい」と思わせる体験を生んでいる。
2. プロダクトの「懐かしさ」設計
香りや味を通して、ユーザーの郷愁を呼び起こすプロダクトデザインにも応用可能である。特に食品、飲料、生活用品、パーソナルケアなどにおいて、ユーザーの「思い出」と連動した感覚設計が有効である。
事例:不二家「ミルキー」の香りつきグッズ
子どものころに親しんだ味と香りを再現し、大人になったユーザーに対しても購買意欲を刺激する仕組みである。
3. ユーザージャーニーの記憶設計
サービスデザインにおいては、ユーザーの記憶に残る瞬間(マイクロモーメント)に香りや味覚を取り入れることで、印象の強化が図れる。これにより、UXがより深く「感情」に作用し、リピートや推奨の行動につながる。
デジタルデザインでの応用
匂いに関してデジタルデザインでの応用は難しいが、言葉を通して匂いをイメージさせることは可能。
1. レトロなUIやサウンドによる懐かしさの演出
-
例:任天堂のレトロゲーム再現アプリ(例:ファミコン風UI)
昔遊んだゲームの音や画面デザインを再現することで、ユーザーに郷愁や安心感を呼び起こし、没入感を高める。 -
例:Spotifyの「レトロプレイリスト」やApple Musicの『90年代特集』
UIに合わせてカセットテープ風のビジュアルやノイズの入った音を演出することで、当時の記憶と感情を刺激する。
2. 香りや音に関するメタファーデザイン
-
例:アロマ系ECサイトで香りに関連する視覚的・言語的演出を使う
実際の香りは届けられないが、「焼きたてのパンのような」「森林浴をしている気分」といった表現+あたたかみのある色合い・ビジュアルで感覚記憶を喚起する。 -
例:ミュージックアプリでレコードノイズやテープの再生ボタン音を演出
特にZ世代〜ミレニアル世代に対しては、懐かしさが感情のフックになる。
3. オンボーディング時に過去の体験を想起させるコピーやビジュアル
-
例:写真整理アプリ「Google フォト」の「○年前の今日」機能
ユーザーが撮影した過去の写真を日付に合わせて提示することで、記憶や感情を喚起し、アプリとのエモーショナルな関係を築く。
4. 特定文化圏の感覚記憶に訴えるデザイン
-
例:和菓子ブランドのECサイトで、夏の金魚鉢や風鈴の音を表現するビジュアルやBGMを使用
特定の文化に根差した季節の情景や音が、記憶の奥にある体験を呼び起こす。
補足
プルースト効果を効果的に使うには、ユーザーの世代や文化的背景を理解し、それにマッチした感覚刺激を設計することが重要である。感情を呼び起こすことで記憶に残りやすく、ブランドや体験への愛着も高まる。
ノスタルジー効果との違い
プルースト効果とノスタルジー効果は似ている部分があるが、本質的には異なる概念である。以下にそれぞれの違いと関係性を示す。
プルースト効果とは
五感(特に嗅覚)を通じて、過去の記憶や感情が無意識に鮮やかに蘇る現象。
- 非意図的に記憶が引き出される
- 一瞬で、鮮明に記憶と感情が蘇る
- 特に嗅覚・味覚・触覚と深く結びつく
ノスタルジー効果とは
意図的・自覚的に、過去の良い記憶や時代に対する懐かしさに訴えることで、感情的なつながりや安心感を生むマーケティングやデザイン手法。
- 意図的・戦略的に設計される(例:レトロフォント、昭和風UIなど)
- 世代・文化に依存することが多い
- 主に視覚・聴覚的な表現が中心
特徴 | プルースト効果 | ノスタルジー効果 |
---|---|---|
起き方 | 無意識的・突発的 | 意図的・マーケティング的 |
主な感覚 | 嗅覚・味覚・触覚(五感全般) | 視覚・聴覚中心 |
目的 | 自然な記憶喚起 | 感情的訴求やブランド愛着の形成 |
例 | パンの焼ける匂いで実家を思い出す | 昭和風UIや80年代風の音楽プレイヤーデザイン |
プルースト効果を狙って再現するのは難しい(匂いや味など、Web上では再現しにくいため)。
しかし、ノスタルジー効果を設計しつつ、ユーザーの五感の記憶を刺激するような工夫(音・アニメーション・言葉選び)を加えることで、プルースト効果的な体験を引き出すことは可能である。