現在の楽しみを優先して、計画していた行動を先延ばしにしてしまう心理傾向。現在バイアスによる先延ばしは多くの人にとって馴染みがある。
例えば、夏休みの宿題を初めの方に計画を立てても、計画通りには進まず休みの終わり頃に多くこなすという経験のある人は多いだろう。
現在バイアスによって起きる現象自体は、古代ギリシア時代から知られていた。古代ギリシアの詩人であるヘシオドスの「仕事と日々」という詩にも表現されている。
明日に延ばしてはならない
あるいは明後日に
穀物小屋をいっぱいにするのは
先延ばしをして
漫然と時間を無駄にする者たちではない
仕事は念を入れてこそうまくいく
先延ばしをする者は身を滅ぼすかもしれない
ヘシオドス 「仕事と日々」
古くから知られていた現象であるが、1994年にハーバード大学の経済学者David Laibson教授の論文で現在バイアスという名称が定着し、研究が活発になった。
現在バイアスを実感できる質問
現在バイアスを実感できる簡単な質問を見てみよう。
B: 1週間後に1万100円もらう
この2つの選択肢では選択肢Aを選ぶ人が多い。近い将来の選択になると、金額が少なくてもすぐに手に入るものの方が魅力的になる。
選択肢Bは、1週間待てば1%金額が増えるため、単利の年利換算で52%と非常に高い金利となる。しかし、高い金利を犠牲にしてでもすぐに1万円をもらえるAを選ぶ。
D:1年と1週間後に1万100円もらう
この2つの選択肢では選択肢Dを選ぶ人が多い。先程と同じ条件にも関わらず、先の将来になると、1週間多く待ってももらえる金額が多い方を選択する。
この事から、現状の利益を優先させる傾向があることがわかる。
時間経過で選ばれやすい選択肢が変化する: 双曲割引
選ばれやすい選択肢は時間経過で変化する。たとえ同じ報酬でも、すぐ手に入る報酬より将来得られる報酬の見積もりを低くしてしまう心理傾向を行動経済学で「双曲割引」(hyperbolic discounting)という。
時間経過によって得られる報酬を小さく見積もる割合を時間割引率という。
双曲割引という名前は、先の未来では時間割引率が高く、現在に近い未来では時間割引率が低い状態をグラフにすると双曲線になることに由来している。
双曲割引によって、すぐに影響は出ないが10年、50年といった長期でみたときに大きな結果となることに対して現在バイアスは起こりやすい。不健康な食事や運動不足、ちょっとした無駄遣いがあげられる。
デザートを我慢できない傾向は双曲割引が影響している
双曲割引の身近な例に、痩せたいと思ってデザートを食べないと決めていても食事の最後にデザートを勧められると頼んでしまい、後で後悔することがあげられる。
デザートという報酬は、食事に行く前ではデザートを食べるのは将来であるので報酬を低く見積もって「デザートを我慢できる」と考える。しかし、今デザートを頼むかどうかという状況では、デザートという報酬を大きく感じる。
このとき同時に「痩せている状態」という報酬は遠い将来に得られるため報酬を小さく感じる。よって、「デザートを今食べるか」「我慢して将来痩せるか」を比較してデザートを今食べることを選んでしまう。
コミットメントデバイスを活用して現在バイアスを回避する
先延ばしを防ぐには、自分に現在バイアスがかかっていることを自覚し、コミットメントデバイスを利用することが重要である。コミットメントデバイスとは、先延ばしせずに目標を達成できるように将来の行動に制約をかけることである。
自分に現在バイアスがないと思っていると、計画を立てることはできても実行しようとすると、計画を無視したり先延ばしして近視眼的な行動をとってしまう。自覚することが現在バイアス回避の第一歩となる。
先延ばしを防止する2つのコミットメントデバイス
将来やりたいと思っていることを実現するには、コミットメントデバイスであらかじめ将来の行動を確定して変更できないようにする。
コミットメントデバイスの手段は2つあり、「目標設定」と「守らなかった際の罰則」がある。
目標設定
行動計画を立てるなど具体的に目標を設定する。ただし、目標を厳しく設定しすぎてはならない。厳しすぎる目標を課してしまうと達成できないイメージがついてしまい、最初から目標達成そのものを諦めてしまう可能性がある。
守らなかった際の罰則
コミットメントが守られないときに自動的に行使される罰を設定する。罰則を設定していても、与える側が罰を与えることに躊躇してしまうと、コミットメント手段にならない。
例えば、部下が締め切りを守れなかったとき、上司は怒ろうと思っていても部下に嫌われたくないため怒らずに済ませるかもしれない。「締め切りを破っても上司は怒らないだろう」と部下が予測してしまうと、怒るという罰は先延ばし防止に効果がなくなる。
締め切りを短くすると、先延ばしを防ぎ質も上がる
締め切りを短いタイミングで細かく設けると、先延ばしを防ぎ、仕事の質も上げることができる。
2002年にArielyとWertenbrochによって行われた実験では、マサチューセッツ工科大学の学生に3つの小論文を書く課題を出し、締め切りをどのように設ければ提出率と成績が最も高くなるかを調べた。
実験では、大学生を3つのグループに分けて、3週間後に3本の小論文を提出する課題を出した。それぞれのグループに個別の締め切りを設定した。
グループ2: 自分で締め切りを設定して宣言する
グループ3: 締め切り設定がなく、3週間後に3本まとめて提出する
3つのグループの中で、締め切りが最も短く設定された「1週間ごとに1本ずつ提出する」グループ1の提出率が最も高く、小論文の成績も高かった。
この実験から、締め切りは外部から設定される方が自分で設定するより提出率と成績が高くなるのか?を検証するために、追加実験が行われた。
追加実験では、締め切りが短いかどうかの期間が重要で、締め切りがどのように設定されたかは影響がないと証明された。
つまり、締め切りを短くするだけで、先延ばし防止に効果がある。
現在バイアスを対策して働き方改革をする
仕事にも現在バイアスは影響している。双曲割引で、締め切りが遠い将来のタスクには「まだ余裕」と楽観的に感じるが、明日が締め切りのタスクには「すぐやらないと間に合わないかも」と達成が厳しく感じたり悲観的になったりする。
現在バイアスの傾向が強いと、重要な業務を就業時間内では着手せずに先延ばしにしてしまう。先延ばしした結果、長時間労働や深夜残業をして帳尻合わせするといった、長期的に見た時に合理的でない対応をするようになってしまう。
仕事を早く終わらせて残業を回避するためには、コミットメントデバイスの他にもナッジを利用することができる。ナッジとは控えめな示唆で、ほとんど意識されることなく行動の傾向を変えることをいう。ナッジを利用した残業防止策の例に、深夜は残業禁止で早朝のみ残業可能にするなど残業を面倒にすることがあげられる。
関連用語
参考文献
- 大竹文雄(2019), 行動経済学の使い方