人は「将来の利益」を「現在の利益」ほど強く感じない。明日もらえる1000円より、今日もらえる1000円に価値を置く。
同様に、「未来の損失」も弱くなるが、利益ほど弱くならない。
「符号(sign)」という言葉は、同じ大きさの「利益(プラスの結果)」と「損失(マイナスの結果)」を比較した、数値における +(正)・−(負)の符号 :しるしに由来する。
お金や報酬を扱うとき、得られる(金銭・利益 → 正の符号)と、失う(損失 → 負の符号)で、人の心理的な評価や行動がまったく異なることが実験的に確認された。
プロスペクト理論+時間割引+時間選好
「100万円もらえる」と「100万円失う」を比較すると、同じ金額の変動であるが、心理的には「失う痛み」のほうが「得る喜び」よりも心理的に大きく影響する「プロスペクト理論」がある。人間の「価値関数」は、損失の心理的インパクトは 利益の約2倍(経験則) とされる。これに、未来(時間)に対する価値観を加えたものが「符号効果」である。
例えば「1年後100万円もらえる」ことは、(将来の価値を小さく評価する)時間割引 によってインパクトは低くなる。しかし、「1年後100万円失う」ことは、(将来に消費することよりも現在に消費することを好む傾向の度合い)時間選好によって「価値関数」は利益の割合ほど弱くならない。つまり、将来の「利益」は小さく感じるが、将来の「損失」は、利益ほど小さく感じない。
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正の符号(+利益):
→「早く欲しい」気持ちはあるが、多少遅れても我慢できる。
(例)「100万円もらえるなら、まあいいか」 -
負の符号(−損失):
→「できるだけ早く終わらせたい」嫌な状態を早く回避したい気持ちになる。
(例)「1年遅れて100万円払うなら、今すぐ払った方が気が楽だ」
利益(+)は待つことに寛容だが、損失(−)は即座に嫌がる。
提唱者
符号効果は、リチャード・セイラー(Richard Thaler) が行動経済学研究の中で注目した概念であり、さらに Amos Tversky と Daniel Kahneman によるプロスペクト理論(1979年)に基盤を持つ。
デザイン上の利用方法と具体的事例
価格・ポイント表示
利益を示すより「損を避ける」表現が強い。
例:「このプランにすると月500円得します」より「加入しないと月500円損します」の方が行動を促しやすい。
例:ECサイトで「来月10日にポイントが消滅します。」の方が行動を促しやすい。
UX設計
行動喚起の際、報酬よりも損失を避けるメッセージが効果的。
例:オンライン学習で「今日学習しないと、学習連続記録が途切れます」と伝えると、学習継続率が高まる。
ゲーミフィケーション
ポイント付与より「ポイント失効」の通知の方が利用者の注意を引き、行動を促す。
プロダクト・コンテンツデザインで「使える場面」
- サブスク解約防止:「継続すると◯◯円得する」より「解約すると特典を失います」の方が強い説得力を持つ。
- 健康アプリ:ポジティブな未来より、ネガティブな結果の回避を前面に出した方が効果的。
- 教育サービス:学習継続で得られるメリットより、継続しない場合の損失を強調した方が継続率が高い。
プロスペクト理論との比較
項目 | プロスペクト理論 | 符号効果 |
---|---|---|
範囲 | リスクある選択全般 | 将来の利益と損失の比較(特に時間割引) |
注目点 | 損失回避・確率加重・参照点依存 | 利益と損失の「非対称な割引率」 |
数理モデル | 価値関数+確率加重関数 | 時間割引モデルに符号(+/-)の非対称性を導入 |
提唱者 | Kahneman & Tversky(1979) | Richard Thalerら行動経済学者 |