目標を後に回してしまう先延ばし行動を防止し、計画を確実に実行できるように、将来の行動に制約をかける仕組みをコミットメントデバイスという。
目標達成を妨げる悪い行動のコストを大きくしたり、時に罰則を設けたりする。反対に、達成するための行動は実行しやすい様に労力を小さくしたりする。
「コミットメントデバイス」は、経済学とその一分野であるゲーム理論で良く利用されている用語で、特に意思決定の研究に関連している。コミットメントデバイスは、先延ばし行動の防止に効果的なことから、行動経済学でも活用されている。
似た用語に、公に約束を宣言することで宣言に見合った行動をするようになることを意味する「プリコミットメント(事前コミットメント)」がある。コミットメントデバイスとプリコミットメントは、どちらもコミットメントと略されることがあるため混同に注意が必要である。
自分の行動を縛る仕組みを作る
コミットメントデバイスは、自分の行動を縛る具体的な仕組みにする。例としてよく挙げられるのが、神話のオデュッセウスとセイレーンの話である。セイレーンは海の怪物で、美しい歌声で航行中の人を惑わせ遭難させて命を奪う。どうしてもセイレーンの歌が聞きたかったオデュッセウスは、船員には耳栓をさせて自分をマストに縛りつけさせた。歌を聞いたオデュッセウスは海に身を投げようと暴れたが、船員はきつく縛り続け、オデュッセウスはセイレーンの歌の魅了に打ち勝つことができた。
コミットメントデバイスの設計例
コミットメントデバイスは、ダイエットや節約など行動の変化を達成するための方法論としてよく使用される。人間には将来の利益よりも目先の利益を過大評価してしまう現在バイアス(双曲割引)と呼ばれる心理傾向がある。 現在バイアスがかかっていて目先の利益を優先しそうな場合、将来の選択を制限することによって、より良い行動や意思決定ができるようになる。
締め切りを守るコミットメントデバイス
19世紀のフランスの詩人ビクトル・ユーゴーがコミットメントデバイスを活用して締め切りを守った逸話がある。ディズニー映画の「ノートルダムの鐘」の原作になった小説「ノートルダム・ド・パリ」執筆の際、ついつい友人の誘いで外出してしまったせいで締め切りを破ってしまった。伸ばしてもらった締め切りを今度こそ守るために、ユーゴーは家中の衣類を倉庫にしまって鍵をかけた。手元にはみすぼらしいショールしかなく、着飾って友人と出かけることができないため執筆に打ち込み、締め切り前に原稿を書き上げることができた。行動に制限をかけるコミットメントデバイスの例である。
ダイエットでのコミットメントデバイス
ダイエットを本気で行う必要がある時は、安いからといって量がたくさん入った「お徳用パック」を買ってはならない。割高であっても少量の商品を手に取ることが、必要な量を食べ終わっても手元に食べ物がある状態を防止するコミットメントデバイスになる。
パーソナルトレーニングの予約を入れて、トレーニングに行かざるを得ない状況を作ることもコミットメントデバイスになる。
スマホの使いすぎを防ぐコミットメントデバイス
スマートフォンの使いすぎを防ぐため、iOSではスクリーンタイムという機能がある。限られたアプリしか使えない休止時間を設定できるほか、1日あたりのアプリカテゴリ別の使用時間の制限を設けることができる。前もって設定しておくことで、息抜きのゲームやSNSをやり過ぎてしまうことを防ぐコミットメントデバイスになる。
コミットメントデバイスの方法
コミットメント・デバイスの方法は主に2つで、目標設定と守らなかった際の罰則がある。
目標設定
目標設定では、行動計画を立てるなど具体的に目標を設定する。ただし、目標を厳しく設定しすぎてはならない。厳しすぎる目標を課してしまうと達成できない場合を心配し、最初から目標達成そのものを諦めてしまう可能性がある。
守らなかった際の罰則
守らなかった際の罰則では、宣言が守られないときに自動的に行使される罰を設定する。パーソナルトレーニングの予約を入れるコミットメントデバイスの例では、予約の約束を破るとトレーナーからの信頼を失うことが自分にとって罰になる。
罰則を設定していても、自動的に行使されない罰は効果が弱くなる。罰を与える側がためらってしまうと、罰を与えられないことを予想した行動になるためコミットメント・デバイスにならない。
例えば、生徒が締め切りを破ったとき、先生は怒ろうと思っていても生徒に嫌われたくないため、怒らずに済ませるかもしれない。「締め切りを破っても先生は怒らないだろう」と生徒が予測してしまうと、先生が怒るという罰は先延ばし防止に効果がなくなる。
罰則の注意点
自発的に達成しようとしている目標に罰則を設定すると、逆効果になる場合があるため注意が必要だ。
罰則の設定が目標達成に逆効果になった例に、イスラエルの保育園での事例がある。
保育園では、午後4時までに保護者は子供を迎えに行く規則になっていた。迎えの遅刻を減らすために午後4時10分を超えると500円の罰金を課すことにした。しかし、罰金の制度を始めるとかえって遅刻が増えてしまった。
今までは「お世話になっている保育士さんに迷惑をかけたくない」と自発的に遅刻しないように迎えに来ていた。だが、罰金制度を取り入れると「お金を払えば遅刻してもかまわない」という経済的な取引として認識が変わり、遅刻が増えてしまった。
このような、人が「役に立ちたい」「達成したい」と自発的に行動することに対して、他人から圧力をかけられたり報酬を与えられることでやる気が減少する現象を「アンダーマイニング効果」という。
行動計画を具体的にすると実行率が高くなる
目標だけでなく、目標達成に向けてどうしたらいいか具体的に行動計画を立てるとさらに効果的だ。
行動計画が目標達成に与える効果の検証を、アメリカの研究者Abelらが2019年に行った。
検証実験の対象者は、南アフリカの1100人の失業者で、全員に求職活動の目標を設定してもらった。
一部の被験者には目標設定に加えて、達成のために具体的な行動計画書を書いてもらった。
行動計画書は、月曜日から日曜日まで曜日ごとに、いつどんな行動をするかを詳細に書く。例えば月曜日の午前に求人欄を見るとしたら何新聞の求人欄を見るか、水曜日の午後に履歴書を送るとしたら、どこの会社宛に送るかも書く。
毎日の欄の数字を合計して、毎週何社の求人をチェックし、何社に応募書類を送り、何時間求職活動するかという数値目標を書いてもらう。
数値目標の欄には、目標が達成できたかどうかをチェックする欄が設けられている。
行動計画書を書いた失業者グループは、書いていないグループに比べて応募書類の送付数は15%増加、採用提示数は30%増加、就職した人数は26%増加という大きな効果があった。また、求職手段も友人に相談すると言った手軽な手段だけでなく、新聞やインターネットなどの求人広告を利用するといったように手段を多様化させていた。
驚くべきは、応募書類の送付数は増えたが、求職活動時間は変化していない点にある。具体的な計画を立てたグループの方が時間を効率的に使って効果の高い職探しをしていた。
職探し行動を怠る原因として、記憶の問題や現在バイアスの可能性もある。そこでリマインドメールや職探しグループの結成による相互チェックを組み入れた場合も実験されている。
しかし、具体的な行動計画を書かせることが就職率を上げるうえで一番効果的だった。
なぜ計画を立てることが効果的か
行動計画を立てることで、複雑な課題を特定の行動に分解して、焦点を当てるべき目標と達成するために必要なステップを理解することができたことが、目標達成できた理由として考えられている。
目標を達成できない原因は、目標に対して具体的にどのように行動すべきかが曖昧だったためである。目標達成のために毎日何をすればいいの明確にしておけば、毎日の課題さえこなせば自動的に目標を達成できる。
目標を達成するためには目標達成に必要な物は何か、いつやるか、ということまで計画に書き込むようにすると良い。
目標設定をしたら、いつ何をすべきか具体的な予定までスケジュールに書き込むことが目標達成の第一歩になる。
関連用語
参考文献
- 大竹文雄(2019), 行動経済学の使い方