サービスや製品の課題解決が、顧客にとって価値あるものか知るためのフレームワーク。5日間という短期間で「調査」「解決案のプロトタイプ作成」「検証」に集中することで、顧客の反応を効率的に知ることができる。
元Google VenturesのJake Knapp、 John Zeratsky、 Braden Kowitzら3名によって開発された。そのため、Googleデザインスプリントとも呼ばれる。
デザインスプリントのアプローチをまとめた書籍「Sprint: How to Solve Big Problems and Test New Ideas in Just Five Days」(日本語版: SPRINT 最速仕事術)の執筆には、UX DAYS TOKYO 2016で来日講演したGoogleベンチャーのUXデザイナーであるDaniel Burkaも関わっている。
デザインスプリントの流れ
月曜日から金曜日までの連続した5日間で行うことが推奨されている。
DAY1: 理解(Understand)
問題を洗い出し、課題のどの部分に焦点を合わせるか決める。
DAY2: 発散(Diverge)
問題に対する解決策を紙にスケッチする。
スケッチは文字と四角形、棒人間などアイデアがわかる単純な図でよい。
スケッチは参加者が個別に取り組む。
DAY3: 決定(Decide)
参加者全員で、スケッチしたアイデアから最も良い案を選ぶ。最終決定は意思決定者が行う。
選ばれたアイデアを検証可能な仮説の形にするため、ストーリーボードを作成する。
DAY4: 試作(Prototype)
作成したストーリーボードに沿って、本物そっくりのプロトタイプを作成する。
DAY5: 検証(Validate)
実際のターゲット顧客に近い被験者5人にプロトタイプを実際に使ってもらい、顧客の反応を検証する。
デザインスプリントのメリット
たった5日で将来の損失を回避できる
数ヶ月という長期間の開発期間をかけずに、たった5日間で製品に対する顧客の反応が得られることが最大のメリットである。
顧客の反応を知ることで、このまま開発を進めて良いのか、見直すべきところはどこか、見込みが全くないかを早期に判断でき、多額の投資コストを無駄にするようなことは少なくなる。また、複数のプロトタイプを作成して顧客の反応の比較も可能で、どの案が良いか学ぶことができる。
デザインスプリントで顧客の反応が学べた後も、新たに生まれた課題に対して繰り返しデザインスプリントを実施することが推奨されている。
リアルな顧客の反応がわかる
短期間で顧客のリアルな反応を知るためには、プロトタイプの見た目を本物そっくりにすることが重要である。その後の製品開発においても見た目から逆算して必要なシステムや技術を考えることができる。
デザインスプリントで大切な考え方は「プロトタイプ思考」である。「完璧」から「必要最低限」へ、「長期品質」から「一時的なシミュレーション」に考え方をシフトする。課題に対して「必要最低限」のプロトタイプを作成することで、どんな課題でもデザインスプリントで対応できる。顧客の反応を学習するために「必要最低限」なものは何か?と考えることが大切である。
プロトタイプを工夫すればどんな製品でも対応できる
プロトタイプを工夫して課題を捉え直すことで、どんな製品・サービスでもデザインスプリントを実施することができる。
複雑な製品の課題にプロトタイプ思考で取り組んだ例に、工業用ポンプ会社グラコ(Graco)の「ポンプの新製品が売れるかどうか?」という課題がある。
ポンプそのもののプロトタイプを作ることは短期間では難しいが、チームメンバーは諦めず、「売れるかどうか?」を検証する必要最低限のプロトタイプとして「新製品を紹介する紙のカタログ」を作成した。営業訪問でカタログを見せて売れるかどうか顧客の反応を検証した。
短期間で成果を出す工夫がされている
5日間という期間には、無駄な議論を避ける緊張感と、焦りすぎなくてもプロトタイプを作って検証できる余裕がある。
重要な課題にのみ集中して短期間で成果をあげられるように、以下のような制約が設けられている。
- 気を散らさないため、デバイス(スマートフォンやPCなど)の持ち込みを禁止する
- 休憩中以外は、部屋でデバイスをチェックしてはならない
- プロトタイプの作成など特定の目的のために必要であれば、その時間だけデバイスを利用できる
- アイデアの発散と収縮を日程通りに行い、後戻りはしない
- DAY3で解決策を決定しストーリーボードを作成後、DAY4はストーリーボードの要素に従ってプロトタイプを作成する
常にパフォーマンスが最大化されるように、スケジュールにもルールがある
- 1時間のランチ休憩と、午前と午後に休憩時間を設ける
- 10:00〜17:00までに必ず工程を終える
- 開始時間を遅めの10時にし、開始前にメールチェックなど通常業務を行えるようにする
- 疲れ果てる前に17時と早めの時間に終わりにし、5日間を通じて高いエネルギーを維持する
情報共有が素早くできる
情報共有の時間を短縮できるため、デザインスプリントは全日程をメンバー全員で行うことが推奨されている。多忙な意思決定者などが全日程参加できない場合、必ず全員で参加しなければならない重要なポイントがある。
問題の洗い出し(DAY1)
意思決定者を含めた全員で共通認識を持つとアイデアや決定の前提条件がブレない。
解決策の決定(DAY3)
意思決定者が必ず解決策の最終決定を行う。案の決定に意思決定者が関わっていない場合、決定が覆されることがある。
プロトタイプを使った顧客インタビュー(DAY5)
プロトタイプを顧客が実際に使う様子を全員で見て、終了直後に気づきをディスカッションすれば、レポートをまとめたり共有のために別会議を開く必要がない。
活用事例: ブルーボトルコーヒー初のオンラインストア
ブルーボトルコーヒーはGoogle Venturesに出資・支援を受けたコーヒービジネスである。2012年12月に、オンラインストアを立ち上げることを課題としたデザインスプリントを行った。
オンラインストアは会社にとって重要であるが、満足のいくものを作るのに時間やコストがかかるのが見込まれ、何から手をつけて良いかわからない状態であった。このような状況の解決にデザインスプリントが向いている。
スプリントチームには、ブルーボトルコーヒーの責任者と専門的な知見を持つ7名のメンバーを選出した。
- CEO(最高経営責任者) ジェームス・フリーマン
- COO(最高執行責任者)
- CFO(最高財務責任者)
- 広報担当マネージャー
- カスタマーサービス責任者
- 会長:ブライアン・ミーハン(小売のエキスパート)
- オンラインストアの実装を担当するプログラマー
DAY1: 理解
ターゲット顧客を「新規顧客」として、「顧客はコーヒーをどうやって選ぶのか」について顧客理解を行った。
顧客と普段会話しているバリスタは「家ではどうやってコーヒーをいれていますか?」と家にある器具を聞いて、それに合う豆を勧めているいることがわかった。
「カフェでのもてなしの基準にかなうオンラインストアにすべき」というビジョンが打ち出された。
DAY2: 発散
1日かけてオンラインストアのアイデアをスケッチし、15種類の解決策が出された。
DAY3: 決定
午前では、15種類の案から投票によって3つの案に絞り込んだ。
- A案:店内を再現した見た目でカフェの雰囲気を表現したもの
- B案:文字でバリスタと顧客のやりとりを示したもの
- C案:コーヒー豆をいれ方で分類するもの。
「家ではどうやってコーヒーをいれていますか?」の質問に画面上で答えられる。
午後では、3つの案のストーリーボードを作成した。
DAY4: 試作
ストーリーボードをもとに、本物のサイトに見える3種類のプロトタイプをプレゼンテーションソフトKeynoteで作成した。
DAY5: 検証
チーム全員で顧客へのインタビューを観察した。
インタビューでは、3種類のプロトタイプを競合企業のサイトに紛れ込ませて、コーヒー愛好家に一人ずつ順番に買い物をしてもらった。先入観を与えないように、3種類のプロトタイプには架空のショップ名をつけた。
A案(カフェの雰囲気を再現)
・チームでは有力だと思われたが、「陳腐」「うさんくさい」など、顧客からの反応が悪かった
B案(文字で、バリスタと顧客のやりとりを示す)
・チームで最も期待されていなかったが、顧客に「この店はコーヒーを知り尽くしている」と信頼された
C案(コーヒーのいれ方の質問に画面上で答える)
・問題なく機能した
顧客の反応がよかったB・C案をもとに「ブルーボトルのもてなしの精神がある、専門的なオンラインショップ」の方向でサイトの開発に踏み切った。
数ヶ月後サイトがオープンすると、オンラインでのブルーボトルコーヒーの売上は倍増した。
開始前の準備が重要
デザインスプリントを実施する前に事前準備をすることが大切である。準備期間をDAY 0と呼ぶ場合もある
課題の準備
- デザインスプリントを理解する
- 実施する前に、デザインスプリントを通じて何を成し遂げようとしているのか社内共有する
- スプリントで取り組む課題を決める
課題の例:- 新規サイトの立ち上げ
- 新規ユーザーのオンボーディング体験
- 新製品が顧客に売れるか?
参加者の準備
- 理想的な人数は7人以下で、多様な人材が揃っている時に最も成功しやすい
- デザイナー・エンジニア・リサーチャー・営業担当など、専門分野に精通し課題に情熱を持つ関係者をメンバーに引き入れる
- プロダクトマネージャーやステークホルダーなど、意思決定の権利を持つメンバーを含めることが重要である
- 参加者にはスプリントが始まった後に戸惑わないように、DAY1〜5の流れの概要を共有しておく
- 関係者の予定を抑える
- スプリントの典型的な1日の所要時間は6時間
- ステークホルダーなど要人が全部の日程に参加できない場合は、重要なポイントである、課題の洗い出し(DAY1)、解決策の決定(DAY3)、ユーザーインタビュー(DAY5)にのみ参加してもらう
- 進行役(ファシリテーター)を選ぶ
- 進行役は決定に対して中立を保たなくてはならない
- メンバーが作業をしている間に、最終日のテスト被験者を探すなど、準備をすることも進行役の役目である
部屋・物品の準備
- プロジェクトルームを用意する
- 必ずホワイトボードを用意する
- 部屋の壁にメモを貼ったりホワイトボードに書き出すことで、短期記憶より容量が大きいとされる空間記憶を活用できるため情報を覚えていられる量を増やせる
- 付箋やペン、タイマーなど必要な文房具を大量に用意する
- 集中力を保つため休憩用のお菓子を用意する
- セルフコントロールを続けるためのエネルギーは糖分である
- 関連用語: 自我消耗
インタビュー被験者の準備
- ユーザーインタビュー(DAY5)の被験者は進行役がリクルーティングする。すぐに見つけることが難しいと思われるターゲット顧客である場合は、開始前に候補者を探しておく。
UX DAYS TOKYO 2016でも紹介
UX DAYS TOKYO 2016ではGoogle VenturesのDaniel Burka氏を招聘した。ブルカ氏はデザインスプリントを取り入れる効果についてカンファレンスで講演、ワークショップではデザインスプリントの実践方法について説明している。
関連用語
参考文献
- ジェイク・ナップ , ジョン・ゼラツキー , ブレイデン・コウィッツ (2016), Sprint: How to Solve Big Problems and Test New Ideas in Just Five Days, 翻訳版: SPRINT 最速仕事術