行動経済学の心理傾向のひとつで、高額なワインや長年住んだ家など、自分で使用しようとして保有するものの価値を高く感じ、手放したがらない傾向。
特に、値段が定まっておらず正規の取引が行われないもの(オークションでしか取引が行われない絵画など)に顕著に現れる。
1970年代初頭に、経済学者のリチャード・H・セイラーによって提唱された。別名を「授かり効果」という。
保有効果の実験
行動経済学者のダニエル・カーネマンが保有効果に関する実験を行った。
被験者の学生グループを「売り手グループ」と「買い手グループ」の2つに分け、売り手グループの被験者に、通常6ドルで販売されている大学のロゴ入りマグカップを1人1つずつプレゼントした。
売り手グループは自分の目の前にマグカップを置き、「いくらならマグカップを売るか」を回答する。一方、買い手グループは「いくらならマグカップを買うか」を回答する。その結果を平均すると以下のように、売り手グループがつけた値段の方が買い手グループよりも2倍以上高い結果となった。
- 通常価格: 6ドル
- 売り手グループがつけた値段:7.12ドル
- 買い手グループがつけた値段:2.87ドル
マグカップが一度自分のものになっただけでも、手に入れていない状態と比べると、感じる価値は2倍以上高くなった。
なぜ保有効果を感じるのか
保有効果には、損失回避性とフレーミングの心理効果の働きが関係している。
心理の変化では、どの状態を基準としているかという参照点が重要となる。
保有効果においては、「持っている状態」と「持っていない状態」が参照点となり、状態が変化した際に以下のように心理が変化する。
持っていない状態 → 持っている状態:手に入れる喜びを感じる
持っている状態から持っていない状態への変化は、損失回避性が働くため両者の価値は同じではない。損失回避性とはプロスペクト理論の側面の一つで、損失と利益では損失の方がより敏感になるという性質である。
保有効果は、プロスペクト理論が経済の未解決の問題に応用された初めての例で、行動経済学の発展過程において画期的な出来事だった。
損失回避に加えて、「買い手」「売り手」というフレーミングによって意思決定が変わる。
損失回避と、フレーミング効果、自分の所有物の価値を過大評価するという心理的な傾向が混ざり合った結果、利益または所有する期間を拡大しようとする傾向が生まれる。
保有効果を感じるもの・感じないもの
使用目的で保有しているか、交換目的で保有しているかで保有効果を感じるかどうかが別れる。
・使用目的で保有するものに保有効果を感じる
例)ワイン・休暇の時間・長年住んだ家
支払ってもいいと思う価格と、売りたいと思う価格の差が大きいほど、所有し続けたいという欲求が強くなる。
・交換目的のものは保有効果を感じない
例)お金・売るための商品(靴屋の靴など)
保有効果をビジネスに活用する
顧客の獲得・維持に保有効果を活用することができる。所有しているという感覚を購入前から持ってもらうと、購入や継続利用につながりやすい。
たとえば、車の試乗を1週間無料にして普段の生活の中で車を自分の物のように使用してもらうことで、「所有している」という感覚を持ってもらうという施策は保有効果を活用したものである。
デジタルプロダクトでも同様に、無料試用で使い始めたユーザーは、そのプロダクトを「自分が所有しているもの」とみなし始める可能性がある。
この場合、プロダクトはユーザーにとって価値があるものでなければ、使い続けないことに注意が必要である。
無料試用期間は、レシプロシティという、何らかの良い行為を受けた場合に、お返しをしなければならないという感情を抱く心理効果も合わせて働くため、無料の試用版から有料版の契約や購入への切り替えを促す効果がある。
しかし、保有効果による顧客の獲得・維持がしやすい傾向を裏返すと、「顧客はすでに満足している既存製品から、別の製品に切り替えることが難しい」という傾向になる。