ある構造物にかかる局所的な力は、その力の作用点から十分離れた場所にはほとんど影響を及ぼさないという原則で、UXデザインでは、どのユーザーにおいても完璧な満足をさせることは不可能なため、この解釈が用いられる。ここで重要なのは”十分離れた場所では”ということである。
画像出典:https://gw.geneanet.org/pierfit?lang=pt&n=barre+de+saint+venant&oc=1&p=adhemar
サンブナンの原理(Saint-Venant’s principle)は、フランスの数学者・物理学者であるアデマール・ジャン・クロード・バレー・ド・サン=ブナン(Adhémar Jean Claude Barré de Saint-Venant)によって1855年に提唱された。
この原理は弾性力学において、弾性体の一部に作用する荷重を静力学的に等価な荷重に置き換えても、荷重点から十分に遠く離れた領域では弾性体に生じる応力が同一になるというものです。つまり、局所的な荷重の違いは遠方の応力状態にほとんど影響を与えないとされ、構造解析やCAE(Computer Aided Engineering)などで広く利用されている。
サンブナンの原理の意味
物理学・工学の分野から生まれた原理で、もともとは構造力学の考え方で、近年ではUXやデザインの文脈でも比喩的に応用されている。
元の定義(工学的)
「ある構造物にかかる局所的な力は、その力の作用点から十分離れた場所にはほとんど影響を及ぼさない。」
これを心理的・体験設計の比喩として応用することで、次のように解釈される。
デザインにおけるサンブナンの原理の応用
■ 解釈:
ユーザーが受ける小さなストレスやエラーは、体験の他の部分で十分に緩和されていれば、大きな問題として残らない。
■ 利用方法:
- 体験のバランスを取るときに役立つ考え方。
- 局所的に発生する不便(例:初回設定が少し手間)も、全体として快適ならネガティブな印象を引きずられにくい。
- 「体験全体の設計」の重要性を示す原理。
UXデザインにおける具体例
ケース | 詳細 | サンブナン的な考え方 |
アプリの初回起動時にログインが必要 | 少し手間に感じる | その後の使用感が抜群なら、最初の負の印象は薄れる |
エラーメッセージが一時的に表示される | 一瞬混乱するかも | 丁寧なサポートやリカバリーで全体体験として満足できる |
サブスクリプション登録が最初にある | 抵抗感がある | トライアル体験が非常によければ記憶には残らない |
ポイントまとめ
観点 | 内容 |
原理の出自 | 構造力学(Saint-Venant’s Principle) |
デザイン上の意味 | ユーザー体験は「部分的な不便」に左右されすぎない。全体で補える |
使い方 | ストレスやエラーがある箇所を「他の魅力」で補うように設計する |
サンブナンの原理を活かしたUX/コンテンツデザイン事例3選
①アプリ初期設定が少し面倒
■ 課題
ユーザーがアプリの初回利用時に、プロフィール入力や通知設定を求められ、離脱のリスクがある。
■ サンブナン的解決
- 最初の設定が多少面倒でも、その後の体験が直感的で快適(例:レコメンドがドンピシャ)であれば「面倒だった感」は記憶に残らない。
- 後半で喜びや感動が得られる設計を意識する。
■ コンテンツ面の工夫
- 初期設定の各ステップに「なぜこれが必要か」を短く伝える文を添える。
- 最後に「あなたにぴったりな機能がもう準備できました!」と期待感を演出。
②問い合わせフォームがわかりづらい
■ 課題
ユーザーが「問い合わせ」の導線に少し迷うが、サポート体験自体は親切で丁寧。
■ サンブナン的解決
- フォームまでの導線が多少わかりづらくても、その後の対応体験が気持ちよければ全体満足度は下がらない。
- むしろ「対応が良かった!」という印象が強く残る。
■ コンテンツ面の工夫
- フォーム入力完了後のメッセージを感謝+安心感で締めくくる。
例:「ご連絡ありがとうございます!担当チームがすぐにお手伝いします。」
③広告表示が多い無料アプリ
■ 課題
アプリに広告が多く、ユーザーが不快に感じる可能性がある。
■ サンブナン的解決
- 広告表示があっても、使いたい機能やサービスが魅力的で便利であれば、広告の不満は薄れる。
- 利用の「報酬感」が高ければ許容される。
■ コンテンツ面の工夫
- 「広告を非表示にしたい方へ」など、ユーザーを責めずに選択肢を与える表現。
- 広告の合間にユーザーをねぎらうメッセージを挿入。 例:「あと少しで完了です!ご協力ありがとうございます。」
まとめ:どう使う?
UXデザインにおいて、すべてを完璧にすることはできない場面がどうしても生じてしまう。そのような場合には、「サンブナンの原理」をひとつの解釈として活用することができる。
ただし、プロダクトやサービスの中核となる価値が提供できていなければ、この原理での解釈を当てはめることは危険だ。あらゆる問題をサンブナンの原理で片付けてしまうのは適切ではない。
つまり、カスタマージャーニーマップによって明らかになった重要な瞬間(Mot)をしっかりカバーすることを基準にし、時として、最後に印象的な体験を提供するピーク・エンドの法則のような手法も併せて取り入れることで、全体としてより良い体験設計が可能になる。そうした工夫を忘れないことが大切である。
活用タイミング | デザイン・コンテンツのヒント |
ユーザー体験のバランスを取るとき | 不便な部分は、感動や満足で埋められる設計に |
一部の体験が不完全なとき | 全体を通じてポジティブな印象を作る |
苦情やネガティブフィードバックがあったとき | 全体体験を見直して補完できる箇所を探す |