優先事項が不明確のまま、必要と思われる機能開発に追われているプロダクトが世の中に存在する。
プロダクトにとって顧客に価値を提供することが、ビジネス上最も重要だが、多くの企業が価値提供できずに機能ばかりを作ることに陥り、事業が停滞してしまう。最悪のケースでは企業の経営が破綻してしまうことすらある。
プロダクトマネジメントの教育者・コンサルタントであるMelissa Perri氏が、著書「プロダクトマネジメント ―ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける」の中で、多くの企業が陥る罠としてビルドトラップを提唱した。
8年かけたプロダクトを終了する羽目になったGoogle+
一流企業であってもビルドトラップに陥ってしまうことがある。
Google社は、FacebookやTwitterを超えるSNSとしてGoogle+(グーグルプラス)を開発したが、2019年に8年間続いたサービスを終了させることになった。Google+は「自由にコミュニティを作れて共有できる」ことをコンセプトに、既存プロダクトのGoogle Photoやハングアウトなどと連携して、競合にない便利なサービスになると期待された。しかし、競合を意識するあまり、Facebookとほぼ同じサービスになってしまい、独自の価値を生み出せなかったため、ユーザーを増やせなかった。
どんな企業も陥りやすい罠
ビルドトラップは対岸の火事ではない。競合他社を真似るだけではなく、様々な理由でビルドトラップの罠にはまってしまう。
以下に、企業で陥りがちな例をあげる。
出来そうなものから開発する
マーケティングのための機能や、顧客の要望、技術的負債の解消、セキュリティなど、プロダクトには多くの課題が大小問わず常に発生する。その場合、開発コストがかからず、解決できそうなものから開発する。
プロダクトが解決すべき最重要課題でも、難易度が高いと、いつまでも課題に取り組むことができず事業が成長しない。
予算を立てるために不要な開発を計画する
規模の大きい企業では、部署単位で決められた予算を確保するために、ユーザーにとって本当に必要かわからない開発を計画する。
次の予算を確保するためにも計画通り遂行することが目標となり、部署同士が予算の奪い合いや、タスクの押し付け合いをして足を引っ張り合う。
課題解決されなくても、開発すれば評価される
開発者やプロダクトマネージャーは、顧客の課題解決ではなく、不具合がない状態で予定通りに機能をリリースしたことで評価される。
その結果、顧客の課題解決よりも、決めた仕様や納期を守ることが優先される。
(BtoB)大口顧客の要望を開発する
BtoBサービスの場合、大口顧客の離脱や失注を恐れて、要望通りに開発する。一方で小口顧客のニーズが無視される傾向にある。
顧客のニーズを掴みきれていないため、時代とともに大口顧客のニーズが変化した場合に、誰にも使われない機能になってしまう。
バイアスで原因を考察する
ビルドトラップの原因は様々だが、開発にコストや労力がかかることや、プロダクトの価値を測ることが難しいため、バイアスにかかることが一因と考えられる。
苦労して作ったものに価値があると思い込む(サンクコスト)
顧客は、プロダクトやサービスそのものではなく、課題を解決することに対価を払っている。しかし、企業は作ったものに価値があると誤解しやすい。なぜなら、人には苦労して作るものを過大に評価するバイアス(イケア効果や、自前主義、サンクコスト)があるためである。
否定される情報は避ける(確証バイアス)
プロダクトの効果を知るために、顧客にインタビューしたとしても、良い評判は効果として受け入れ、悪い評判はその顧客の独自の意見として受け入れないことがある。
自分たちの考えが正しいと証明しようとするため、否定的な情報を避ける確証バイアスがあるためだ。その結果、間違いに気づきにくく、事業が伸び悩んでいても原因が分からなくなってしまう。
難しいことより簡単なことを優先する(利用可能性バイアス)
難しいが本来取り組むべき課題よりも、簡単で取り組みやすい課題に対して開発を行ってしまう。理解しやすく利用しやすい手段を優先してしまうバイアス(利用可能性バイアス)があるためだ。
また、チームを評価する場合でも、顧客にとっての価値よりも、仕様通りの開発やスケジュールの遵守の方が分かりやすく、評価基準にしてしまいがちである。
本来の目的とずれた評価指標を作ると、目的を無視して数字だけを取ろうとする現象(グッド・ハートの法則)に陥ってしまう。
定めた価値とメトリクスでビルドトラップを防ぐ
ビルドトラップを防ぎ、企業がプロダクトの価値提供に向かって突き進むためには、価値を定義して、定量指標(メトリクス)を持って戦略を考えるべきである。戦略は計画と誤解されることがあるが、先々まで作る機能を予定するのではなく、重要な解決すべき課題に対して改善を繰り返すという意味で大きく異なる。
メリッサ氏は、プロダクト戦略キャンバスというフレームワークを開発し、プロダクトの価値をビジョン、価値を体現した状態を定量的に定めて、企業が一眼となってビジネス成長を目指せることができるようになっている。
メリッサ氏はUX DAYS TOKYO 2017でスピーカーとして登壇しており、2023でも登壇予定である。プロダクト戦略とメトリクス設計、それらの結びつきについてワークショップを予定している。
関連用語
- グッドハートの法則
参考サイト
- WBSの不確実性と対応と限界 – Product Institute Japan
- 売り上げとプロダクトの同期 – Product Institute Japan
- 戦略と計画の取り違い | UX DAYS TOKYO
参考文献
- メリッサ・ペリ「プロダクトマネジメント ―ビルドトラップを避け顧客に価値を届ける」オライリージャパン (2020)
- David Dylan Thomas「DESIGN FOR COGNITIVE BIAS」A BOOK APART (2020)