AI駆動型プロダクト開発の心臓部になる「デジタルツイン」を活用する考え方と今後について理解することができます。「UX for AIワークショップ」グレッグ・ヌーデルマン(Greg Nudelman)氏による記事の翻訳です。
原文:https://www.uxforai.com/p/digital-twin February 06, 2024
一見すると全く関係なさそうな「1980年代のアニメヒーロー」「巨大な風力タービン」「アップルウォッチ」この3つのものから、現在のAI設計の心臓部とも言える、デジタルツインという考え方を解き明かします。
デジタルツイン:AI駆動型プロダクトのための現実世界のモデル
デジタルツインとは、現実世界の物理システムをデジタル上に再現し、重要な指標や結果をモデル化したものを指します。この技術は、AI駆動型プロダクトにおけるUXデザインの優れたお手本でもあります。
映画『ヒーマン』と「関節のホムンクルス」
たとえば、アメリカのアニメシリーズ『Masters of the Universe(邦題:宇宙の王者ヒーマン)』の主人公、ヒーマン(He-Man)を思い浮かべてみてください。
これは1980年代に人気を博した、ファンタジーとSFを融合させた作品です。主人公ヒーマンは、架空の世界「エターニア」で悪の魔術師スケルターと戦う勇者です。

Image Source: He-Man, Art by Alex Ross. He-Man. (2024, January 29). In Wikipedia. https://en.wikipedia.org/wiki/He-Man
もし私たちが「関節炎のモデル化」だけに集中してしまうと、ヒーマンのように力強く複雑なキャラクターを、関節の集合体、すなわち「関節のホムンクルス」に還元してしまうでしょう。
関節炎の専門医にとっては、ヒーマンは英雄ではなく、ただの筋肉や魂を持った関節の集まりにすぎません。つまり、ジョイント・ホムンクルスはヒーマンの一部を切り取った「部分的なデジタルツイン」と言えます。
ジョイント・ホムンクルスのイメージ図
風力タービン「ハリアデ150」のデジタルツイン
デジタルツインの実例として、GE(ゼネラル・エレクトリック)社の洋上風力タービン「ハリアデ150(Haliade 150)」を挙げることができます。筆者(グレッグ)もGE在籍時にこのプロジェクトに関わった経験があります。
ここで紹介するのは、7基あるタービンの向きを制御するヨー・モーター(Yaw Motor)のうちの1つのデジタルツインです。「ヨー」とは、タービンが向く方向(東や南など)を意味します。
画像出典: https://youtu.be/P36yJkE1zlM?si=vqXiH5uHfrputhsE
このデジタルツインは非常にシンプルな仕組みで構成されています。監視しているのは、次の2つの指標だけです。
- モーターに流れる電流
- モーターの温度
これだけで、モーターの「残存寿命」を正確に予測できます。
Image Source: https://youtu.be/P36yJkE1zlM?si=vqXiH5uHfrputhsE
考え方は直感的です。モーターの温度が急上昇すれば寿命が短くなります。これは古い車が坂道でオーバーヒートするのと同じ理屈です。デジタルツインの中でモーターコイルが赤く表示されているのは「過熱状態」を示し、近い将来の交換が必要であることを意味しています。
このモデルは単純化されていますが、目的には十分です。なぜなら、荒れた海の沖50マイル地点に設置された高さ150メートルのタービンを、時速80kmの風の中で登って点検する必要を減らせるからです。
シンプルさは本質を見極める力です
GEでは他の機械について、回転数やトルク、振動、電流の推移などを詳細に監視しています。しかし、このヨー・モーターではそうしていません。理由は簡単で、ヨー・モーターは比較的安価で信頼性が高く、7基のうち2基が動けば機能を維持できる冗長設計だからです。
つまり、デジタルツインは「目的に対して必要かつ十分な範囲」で設計されるべきなのです。
アインシュタインの言葉を借りれば、「すべてのモデルはできる限りシンプルでなければならないが、それ以上に単純であってはならない」ということです。
こちらで詳しく読むことができます: https://www.machinedesign.com/learning-resources/engineering-essentials/article/21834526/whats-the-difference-between-pitch-roll-and-yaw )
デジタルツインはAIプロダクト設計のためのモデリング演習
デジタルツインを作ることは、AI駆動型プロダクトを設計するうえで欠かせないモデリングです。これは、UXデザインにおけるペルソナ設計にも似ています。
たとえばペルソナを定義する際、「この人は何を重視し、何を重視しないのか」を考えるように、デジタルツインを設計する際も「何を測定し、何を無視するか」を見極めることが重要です。
「盲人と象」の寓話とチームモデリング
仏教の経典『ティッタ・スッタ』に登場する寓話「盲人と象」では、4人の盲目の男たちが象の異なる部分に触れ、それぞれ別のものだと誤解します。この[群盲象を評す]話はデジタルツイン構築にも通じます。
AIモデリングには、PM・UX・開発・データサイエンスの4つの専門領域が協働することが不可欠です。
1人では部分しか見えませんが、チームで取り組めば象全体──すなわち現実の構造──を捉えることができます。
デジタルツイン構築の基本ステップ
デジタルツインを構築する手順は次の通りです。
- AIモデルが現実世界から取得するセンサーデータを理解する。
- 物理世界の関連部分を視覚的に描き出す。
- 入力データにラベルを付ける。
- モデルが予測するユースケースと主要指標を特定する。
- 欠落データを記録し、その取得方法をチームで議論する。
- データサイロを破り、関連情報を横断的に取得する方法を検討する。
- 倫理に配慮し、個人の信用や保険に影響するようなセンシティブなデータの扱いに注意する。
そして最後に——「謙虚であること、好奇心を持つこと、そして繰り返すこと」が大切です。
Apple Watchのデジタルツインを例に考える
最後のポイントが最も重要です。初めから正しいモデルを推測することは、まるで盲目の人が象の脚を触り、それを正確に説明しようとするようなもので、極めて難しいと言えます。
そこで、Apple社のスマートウォッチ「Apple Watch」を例に考えてみましょう。初期段階では、心拍数と運動時間という2つのデータからシンプルなデジタルツインを構築できます。
画像: 心拍数が表示された人間と運動の継続時間。
その際、Apple WatchがiPhoneに接続されていることを思い出すかもしれません。この接続を介して、GPS座標や運動時の各地点の標高といった位置情報データが収集されます。このデータは、次回のデジタルツインの更新時に反映され、より詳細な地形画像が生成される可能性があります。
次に、iPhoneとの連携を通じてGPSや標高データを追加すれば、地形や運動ルートを反映した詳細なモデルに発展できます。
画像: 心拍数が表示された人間と運動の持続時間 + 地形のGPS座標、距離、高度。
サイロ化されたアプリを超える統合的モデルへ
歩行ルートの各地点におけるGPS位置情報と標高データを活用することで、消費カロリーを算出することができます。消費カロリーのデータは、現代社会で高まる体重管理への関心に応えるものであり、健康的な体重を達成し、それを維持するうえで非常に役立つ情報です。
とはいえ、カロリー計算を正確に行うためには、その人の体重を考慮する必要があります。たとえば、公園で23kgの子どもを動かす場合と、130kgの成人男性を動かす場合とでは、必要な労力に大きな差があります。具体的には、後者は前者の約6倍の労力を要します。
さらに、体重だけでなく年齢も考慮することで、運動のスピードや負荷をより適切に調整し、個人のフィットネス状態を世界中の他のApple Watchユーザーと比較するための指標を導き出すことが可能になります。同じ年齢層の人々と比較することで、自身のフィットネスレベルをより正確に把握することができ、そのような比較をモチベーションとして楽しむ傾向も見られます。
つまり、睡眠アプリのデータ、支出履歴、移動距離、音楽再生時間、言語、スクリーンタイム、DNAデータ、カレンダーの予定、職業・教育・資産情報などを組み合わせることで、「その人の健康・幸福・寿命・社会的つながり」を包括的にモデル化することができます。
デジタルツインに潜む倫理的課題
このようなデータ統合には法的・倫理的リスクが伴います。どのデータを収集・共有するかは、ユースケースと倫理原則の両方を考慮して慎重に判断する必要があります。
収集された情報が本来の目的から逸脱して利用されないよう、透明性と制御性を確保することが重要です。
運動は、Apple App Storeが生み出した多くのサイロのうちの1つにすぎません。以前のエディション「Apps are Dead」(こちらでご覧いただけます:https://www.uxforai.com/p/apps-are-dead)でも指摘したように、アプリは互いにデータを共有せず、結果として不要な情報のサイロを作り出しています。
次世代のAIを真に活用するためには、複数のアプリを横断してデータを統合し、デジタルツインモデルを構築することが不可欠です。
睡眠中にもApple Watchを着用していることを思い出してください。たとえそのデータが異なるアプリで収集されたものであっても、それが同じ個人に関する情報であることに変わりはありません。こうしたデータを包括的に扱うことで、休息の質や量に関する新たな洞察など、非常に興味深いデータセットを得られる可能性が広がります。
画像: 心拍数や運動時間が表示された人体図に加え、GPS座標、距離、高度が示された地形図にベッドのアイコンを追加。さらに、比較フィットネスデータ、歩幅の長さ、関節の可動域なども含まれる。
“つながるデータ”がもたらす、もうひとつの可能性
iPhoneが他の追跡機能と組み合わせることは可能性を考えてみましょう。
- スーパーマーケットでお金を使う vs. 外食
- コーヒー消費
- 飛行機旅行
- 話されている言語
- 運転通勤の1日あたりの時間数
- 近隣の場所(犯罪、空気汚染、騒音など)
- どんな音楽を聴きますか(そして1日に何回聴きますか)
- スクリーンタイム(どれだけの時間を無駄にスクロールしているか)
- DNAトラッカーである23andMeのようなデータ
- カレンダーのデータを使用して、社会的つながりを追跡します
- 職業
- 教育レベル
- 性別
- 身長
- 貯金
- 投資リスク
- など
上記のような項目と合わせ持つ情報にすることで、その人の予測される寿命、運動能力、健康上の課題、介護施設への入所可能性、早期死亡リスク、さらにはその他多岐にわたる要素について、より包括的かつ明確に把握することが可能になります。
収集したデータをモデル化するかどうかは、状況に大きく左右されます。風力タービンのヨーモーターのケースと同様に、予測対象やデバイスの所有者がデジタルツインを通じて得たい具体的な洞察に基づいて、どのデータを共有することが最適かを慎重に検討する必要があります。
特定のデータを収集する必要性は、モデリングにおける法的および倫理的な観点と深く結びついています。また、収集されたデータが必ずしも収集者自身によって使用されるとは限らず、当初の目的から逸脱して利用される可能性があることにも十分配慮する必要があります。
まとめ:デジタルツインはAI時代の「理解のための鏡」
デジタルツインは、AI時代のプロダクトデザインにおいて「何を測り」「何を予測し」「どんな行動を導くか」を明確にするための強力なツールです。技術・人間・倫理が交差するこの領域において、デジタルツインは単なるモデルではなく、現実を理解するための新しい思考の枠組みです。
Greg Nudelman & Daria Kempka
要約動画
ワークショップのご案内
デジタルツインに要になるデータはどれであるか、何を紐づける必要があるのかなど、よりデジタルツインについて2025年11月15日「AIと共創する次世代プロダクトデザイン」で学ぼう!
>>2025年11月15日「AIと共創する次世代プロダクトデザイン」の特設ページでお申し込みください。

