本稿は、Ampersand社の共同創設者兼CEOであるマシャ・クロル(Masha Krol)氏が2017年に公開した「AI-First: Exploring a new era in design」の翻訳記事です。
Ampersandは、カスタマーサクセスチームのためにAIスーパーパワーを構築する企業として知られています。
https://medium.com/ai-first-design/ai-first-exploring-a-new-era-in-design-25be2b9920c
- AIブームが示す時代の転換点
- なぜいま、AIファースト・デザインなのか
- 私たちの目的:AIと人間が共に成長するデザイン
- すでに始まっているAIの影響
- 人間と機械の新しい関係
- 私たちのアプローチとこれから
- 参加への呼びかけ
AIブームが示す時代の転換点
いま、AI関連のスタートアップが次々と誕生し、巨額の投資が集まっています。
政府も支援を拡大し、あらゆるカンファレンスでAIが中心的テーマとして扱われています。
メディアやポップカルチャーにおいてもAIが話題の中心にあり、AIはもはや「一過性のトレンド」ではなく、私たちの社会や意識に深く根づいた存在になりました。
かつてAIは、未来的で遠い技術の象徴でした。
しかし今では、ビジネス・製品・サービスのあらゆる創造に直接的な影響を与えるものへと進化しています。
その中核にあるのが、「AIファースト・デザイン(AI-First Design)」という考え方です。
なぜいま、AIファースト・デザインなのか
すでに一部の大手デザインスタジオやAIスタートアップでは、AIを取り入れた新しいデザイン手法に挑戦が始まっています。
とはいえ、この領域にはまだ確立されたルールや原則は存在しません。
私たちがこのテーマに取り組む理由は、単なる好奇心ではありません。
AI研究者やクライアントとの議論を重ねるなかで、「今こそAIとデザインの関係を体系的に探るべき時期だ」という確信に至ったのです。
AI研究者のパトリック・ヘブロン氏は著書『Machine Learning for Designers』でこう述べています。
「機械学習はいまルネサンスの真っ只中にあり、多くの産業を変革し、デザイナーにユーザー理解を深めるための新しいツールを与えている。」
現代のデザイナーは、画面のUIだけを設計するのではなく、AIアシスタントやウェアラブルデバイス、スマート家電など──人々がこれらの知的システムとどのように関わるのかまでをデザインする必要があります。
もし「技術をより賢く、より人に寄り添うもの」にしたいのであれば、AIを前提としたデザインの在り方を真剣に考えることが欠かせません。
私たちの目的:AIと人間が共に成長するデザイン
私たちの目標は明確です。AIファースト・デザインという新しい実践領域を定義し、デザイナー、データサイエンティスト、そしてAIとデザインの交差点に立つ人々のための方法論を築くことです。
ここでいう「AIファースト」とは、人間を二の次にするという意味ではありません。
むしろ、プロジェクトの初期段階からAIの可能性を前提に置くという考え方です。
AIから得られる洞察を柔軟に受け入れ、人間とAIが共に進化していくことを目的としています。
かつて「モバイルファースト」がWebデザインの常識を一変させたように、AIファースト・デザインもデザインの概念そのものを塗り替えるでしょう。
この変化を早く受け入れたチームほど、次の時代のリーダーとなるはずです。
デザイナーと科学者がアルゴリズムやシステムとの関係を深めていけば、この挑戦に早く取り組む企業ほど競合を引き離すことになるでしょう。ただし、私たちは経済的な目的だけでなく、より賢明なデザインを通じて人間の幸福を高める可能性を追求すべきだと考えています。
システムを改善するだけでなく、そのシステムが人間をもより良い存在へと導くようなAIとの共生関係は築けるのでしょうか。テクノロジーとの関係を、中毒性の高いアルゴリズムで時間を浪費させニュースをフィルターバブルに閉じ込めるものではなく、もっと意味のあるやり取りや適切な制限、タイミングの良い通知へと改善できるでしょうか。こうした問いに今から向き合うことで、私たちは新しく急速に成長する分野の土台を築いているのです。
すでに始まっているAIの影響
AIがデザインにどのような影響を与えているのか、まずは身近な事例を見てみましょう。
音声認識の進化
かつて誤作動の多かった音声認識も、自然言語処理の進化により飛躍的に改善しました。
Forbes誌によれば、全米民生技術協会のショーン・デュブラヴァク氏の情報として1995年に43%だったエラー率は、現在6%まで低下しています。
今や音声UIはSiriやAlexaを通じて日常に浸透し、やがてはイントネーションや感情、声の個性まで理解する存在へと進化するでしょう。
現在では複数のパーソナルアシスタント・ボットが市場に出回り、音声認識はゾーイ・デシャネル(Zooey Deschanel)が登場した初期のSiriのCMで描かれた期待に応えつつあります。ウェアラブル端末やスマートホーム機器が広がるにつれて、画面インターフェースが小さくなり、あるいは姿を消していく中で、正確に機能する音声認識への需要はさらに高まるでしょう。未来の音声認識は、イントネーションや感情の識別、個々の声の再現へと進化し、家庭の電化製品と自然に会話することが日常になると予測されています。
自動車をAIファーストで考えてみる
もし自動車が最初から「運転手なし」で設計されていたら──
おそらくリビングルームのような快適な空間になっていたでしょう。
現代の車は、いまだに「馬車」の概念にとらわれているのです。
デザイン思考の観点から見ると、これは「解決策先行のデザイン」の典型です。
本来注目すべきは「課題」そのもの。
人間が運転において必ずしも安全ではないという現実に向き合い、A地点からB地点に移動する時間をもっと有効に活用できる方法を考えるべきなのです。
AIは、これまで人間が見逃してきた本質的な課題の発見を可能にします。
私たちは、AIによって現在の「解決策ありきのモデル」では想像できない問題領域が開かれると信じています。既存の問題に対して解決策を提供するだけでは、本質を見誤ってしまいます。目指すべきは段階的な改良ではなく、パラダイムを覆すような破壊的課題への挑戦です。そのためには新しいアプローチが必要なのです。
人間と機械の新しい関係
AIファースト・デザインの時代、デザイナーは「テクノロジーとの協働者」になります。
これまで機械は人間が作ったデータから学んできましたが、これからは人間がAIのアルゴリズムから学ぶ時代へと移行していきます。
デザイナーのジョシュ・クラーク氏はこの変化を次のように表現しています。
「これまで私たちは、完全に制御できる情報やコンテンツのためにUIを作ってきた。
だが今、私たちは理解しきれないアルゴリズムに、少しずつコントロールを委ね始めている。」この変化に不安を感じる人も多いでしょう。
しかし、その不安に正面から向き合う者こそ、次の時代の先頭に立ちます。こうした大きな技術変化には、その不安に正面から飛び込む者が、逃げようとする者より先を行くことができます。
実際に機械学習が示した洞察のひとつは、人間社会の暗い側面を明らかにしたことです。データに内在する主観や偏見が露わになりました。「機械は偏見を持たない」と考えたくなるかもしれませんが、プリンストン大学のコンピュータ科学者アイリン・カリスカン氏はVoxの記事で「機械は人間のデータで訓練される。そして人間には偏見がある」と指摘しています。
Googleの検索予測機能では、「are Jews…(ユダヤ人は…)」という入力に対して「evil(邪悪だ)」と補完される事例がありました。Googleはすぐに修正しましたが、同じ頃、Google Homeに「Are women evil?(女性は邪悪か?)」と尋ねると、「Yes!(そうです!)」と答え、さらに約30秒にわたって理由を説明するという不穏な動作も報告されています。
こうした問題を見なかったことにするのではなく、データとデザインに対して責任を持たなければなりません。機械学習モデルは人間の認識を数学的に符号化したものにすぎず、AIは人間の偏見や行動――良い面も悪い面も――を反映するのです。
AIが示した最も重要な洞察の一つは、人間社会の偏見を可視化したことです。
機械そのものが偏見を持つのではなく、人間のデータに偏りが存在するのです。
Googleの検索予測機能が差別的な語を補完した例などが、その象徴です。
AIは人間の行動や価値観を鏡のように映し出します。
だからこそ、デザイナーは「人間対機械」ではなく、
「人間と機械が共に学び合う」関係を設計する責任を持たなければなりません。
私たちのアプローチとこれから
この取り組みは容易ではありません。
AIファースト・デザインは、企業や専門領域の枠を超える「パラダイムシフト」です。
だからこそ、私たちはオープンな議論と試行錯誤を重ねながら進めます。
今後は次の問いを軸に、AIとデザインの関係を深く掘り下げていきます。
- AIとは何か
- デザインとは何か
- AIがデザインにもたらす変化とは
- そして「AIファースト・デザイン」とは何か
私たちはすでに社内チームへの調査を開始しています。今後は公開イベントやオンラインフォーラム、さらにまもなく始まる「AIファースト・デザイン・ポッドキャスト」で、AIやデザインの専門家と議論を重ねます。その成果は、このブログの「Fundamentals Series(基礎シリーズ)」として順次公開していきます。
文化人類学者のジーンヴィーヴ・ベル氏は2016年のEngadgetの記事が語ったように、次のテクノロジーの波には、歴史家、哲学者、詩人など、異なる視点を持つ人々が必要です。
多様な思考を取り入れることで、私たちはより健全で豊かなAI社会を築けると信じています。
学際的な研究チームは決して容易ではありません。しかし多様な視点と意見を取り入れることが、健全な議論とより良い成果を生むと私たちは信じています。
参加への呼びかけ
AIファースト・デザインという新しい領域を共に形づくるために、
私たちはデザイナー、研究者、経営者など、あらゆる立場の人々の声を求めています。
あなたの現場では、どのような課題や不安、そして期待がありますか?
それを共有し、議論することが、この新しいデザイン文化の出発点となるのです。
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