「ダークパターン(ディセプティブパターン)」が、国内でも少しずつ注目を集めるようになりました。
ダークパターンは、2010年ごろに英国のUXデザイナー、ハリー・ブリヌル氏が提唱した造語です。「解約が困難な定期購入サービス」や、「あらかじめチェックが入った同意ボックス」など、ユーザーをあざむいて特定の行動に誘導するインターフェースのことを指します。
このような欺瞞的なインターフェースにいち早く注目し、広く啓蒙活動を続けてきたのが、ブリヌル氏です。彼は、自身のウェブサイトを通じて、企業が用いる悪質なウェブデザインやマーケティング手法の問題点を明らかにしてきました。
古くから存在していた概念に、新たに名前がつけられたことには大きな意義があります。私たちがこの問題をようやく認識し、真剣に向き合うようになったからです。
あらゆる仕事に、ダークパターンと向き合う瞬間がある
ここ数年、私はダークパターンに関する本を執筆した著者として、さまざまな立場の方と意見を交わす機会に恵まれました。それはデザイナーやコピーライター、マーケター、マネージャー、経営者など多岐に渡ります。また、倫理的デザインの課題に取り組む大学の研究所や、情報番組の記者からインタビューを受ける機会もありました。
こうした中で気がついたのは、誰もがダークパターンを避けたいと思っている一方で、ビジネスの現場では、その判断が曖昧になりがちだということです。実際に、「売上を伸ばすための工夫」と「消費者をあざむく行為」の境界線がゆらぎ、どこまで許容されるのか悩むケースは珍しくありません。
私たちは誰もが、組織での役割や数字へのプレッシャー、クライアントとの力関係などによって、ダークパターンを使ってしまう可能性があります。「この表現はやりすぎではないか」「ユーザーの選択を狭めていないか」と手を止めて考えることは、無自覚にダークパターンを使い続けるよりも、ずっと良いことです。
しかし、組織がデータを重視するようになり、人事評価や金銭的なインセンティブと結びつくようになると、もはや個人の力では状況を変えることが難しくなります。
私がこれまでに聞いた中で、もっとも辛かった言葉は「この会社で働いていることを人に言うのが恥ずかしい」というものでした。自分の仕事に誇りを持てなくなることほど苦しいことはありません。
どのような職業に就いていても、ダークパターンについて学び、理解することは大切です。なぜなら、それは会社やクライアントの信頼を守るだけでなく、自分の信念を守ることにもつながるからです。
プロフェッショナルに求められる倫理スキル
ダークパターンについて企業に説明するとき、私がまず強調するのは、ダークパターンを使用することの長期的なリスクです。短期的には売上を上げることができるかもしれませんが、それに伴う顧客の信頼の喪失は、企業にとって計り知れません。
しかし、A/Bテストによって、あるデザインが成果を上げることを確認できた場合、それが欺瞞的であるとわかっていたとしても、そのデザインを手放す決断は難しくなります。このような状況に直面したとき、私たちに求められるのは、倫理的な判断を下す力です。
私は最近、倫理について考える力を、ビジネスのスキルとして見るようになりました。
倫理をスキルとして捉えることに違和感のある方もいるかもしれません。倫理観は、その人のバックグラウンドや価値観に深く根ざしたものであり、多様性に富むものだからです。
しかし、デザインやコピーライティングといった職能と同じように、それをどう活用するかという倫理観もまた、経験や訓練を通じて磨き、強化することができるのではないでしょうか。
倫理スキル(Ethics Skill)は、答えが一つではない問題に対して、利害にとらわれることなく、より倫理的な選択を行う力です。何を「倫理的」とするかに明確な答えがないからこそ、個人・企業・ブランドとして自分たちなりの正解を見出すことが求められます。
欺瞞的なサービス設計に気づき、それを積極的にチームの議題に挙げることも、倫理スキルの一環と言えるでしょう。また、偏ったデザインに潜むリスクをクライアントに伝え、より良い折衷案を提案することも、倫理スキルを活用したアプローチの良い例です。

画像引用元: 『ザ・ダークパターン ユーザーの心や行動をあざむくデザイン』翔泳社
AI時代における「責任をとること」の重要性
AIの進化により、誰もが簡単にプロダクトを作れる時代になりつつあります。そのスピードと利便性は驚くべきものです。求めるデザインやテキストコンテンツを、あっという間に生成することができます。
しかし、「誰が責任を取るのか」という問題は依然として残ります。最終的に責任を取るのは人間であることに変わりはありません。
ドイツのダルムシュタット工科大学の調査によると、ChatGPTに架空の通販サイトを作成するようプロンプトで指示を出したところ、そのデザインに意図せずダークパターンが含まれていたことが明らかになりました。

[画像引用元: V.Kraus – “Create a Fear of Missing Out” — ChatGPT Implements Unsolicited Deceptive Designs in Generated Websites Without Warning (draft) ]
どれだけコンテンツの制作スピードが上がっても、人の手による品質のチェックは不可欠です。もちろん、そのチェックを別のAIにさせることも可能でしょう。しかし最終的には、倫理的な視点から問いを立てたり、リスクを予測して回避できたりする責任者が必要です。
私たちの多くは専門職として、デザインやコピーライティングを使って相手を説得したり、行動を変えたりする方法を知りすぎています。行動経済学やマーケティング手法を駆使して、より多くの顧客を囲い込む方法も熟知しているでしょう。
しかし、顧客と長期的な信頼を築いていきたいのなら、より倫理的な方法を模索してみるのはどうでしょうか。その取り組みは、ビジネスの潜在的なリスクを取り除くだけでなく、未来の顧客を育てることにもつながります。
多様な倫理観をもとに、組織を強くするには?
組織の強さは、ひとつの価値観やアプローチに頼ることではありません。むしろ、異なる倫理観が交わることで、深く考え抜くことのできる力強い組織が生まれます。
3月に開催されるUX DAYS TOKYO 2025 では、ハリー・ブリヌル氏を招いたワークショップが予定されています。もしダークパターンについて理解を深めたいのなら、立場や価値観の異なる、さまざまな人たちと意見交換するのがその近道です。それは、本を読むだけでは得られない貴重な経験となります。
あなたもきっと、仕事で携わるデザインや言葉、サービスに自信が持てなくなった経験があるでしょう。あるいは、自分の所属するチームや組織に対して、「もっとこう変われば良いのに」と思った経験があるはずです。
そんなときは外に目を向けてみることです。欧米圏のデザインチームや会社組織では、どのように倫理的な問題を議論し、社内でクリエイティブの調和を保っているのでしょう。うまくいった施策や、効果のない施策にはどのようなものがあるのでしょうか?
特に、ダークパターンへの規制が厳しい国々では、社内ルールの運用方法や、法的チェック体制についても関心が高いはずです。
もしこのような疑問を抱いたのなら、UXの専門家であるブリヌル氏に直接聞くことのできる貴重な機会です。私たちは、ダークパターンを学ぶことで、価値ある教訓を学ぶことができるでしょう。
※2025年2月1日追記:UX DAYS TOKYO カンファレンス2025にて、ハリー・ブリヌル氏の講演を予定していましたが、ブリヌル氏のダークパターン訴訟の対応と重なり、出演がキャンセルとなりました。期待されていた方々には大変ご迷惑をおかけいたします。
チケットの変更希望は随時受け付けておりますので、お気軽にお申し出ください。
仲野佑希 UXライター
北海道札幌市出身。日本語のUXライターとしての専門性を活かし、クライアント企業のモバイルアプリやウェブサイト、業務ソフトウェアのユーザー・インターフェースのライティングを担当。著書に『ザ・ダークパターン ユーザーの心や行動をあざむくデザイン』、監修書に『UXライティングの教科書』など。Xアカウント: https://x.com/nakanoyuki_tw