2024年7月19日に、『多元世界(プルリリーバ)に向けたデザイン』の読書会を開催しました。この書籍は、4月に行ったドン・ノーマン氏の「より良い世界のためのデザイン」の中で、以下のように紹介されていました。「今までの時代は大量生産・均質化を目指す社会でしたが、これからは個々の力が必要です。それぞれの取り組みを尊重し、地域の個人がコミュニティの力で回復していくための、多元世界のデザイン方法を示唆する書籍です。」
複雑に絡み合う世界をどうデザインするかについて、カーネギーメロン大学(CMU)で開発された具体的な方法が紹介されていますが、本書では方法論の前に、デザインに必要な考え方や哲学が強調されています。
この考え方は、現代社会や地球にとって必要不可欠であり、私たちは思考をシフトし、世界をトランジションさせなければ、地球そのものが滅亡の危機に瀕していることを実感しています。
実際、私たちの日常にその危機感は現れています。ここ数年、ゲリラ豪雨や35度以上の猛暑日が全国に広がり、以前は異常気象とされていた現象が日常化しています。自然災害は自分にはどうしようもないと思いがちですが、これらの問題は人間の活動が引き起こしていると言えます。
書籍には、地球や世界を良くするための「トランジション言説(TDs)」が複数紹介されています。その共通点は、脱炭素にあります。日本の企業も脱炭素を掲げ始めていますが、それが本当に急務だと感じています。
哲学者の中には、「人の手つかずの場所を残しておかなければ、地球の再生はできない」と主張する者もいます。この言葉を聞いて、「地球は人のためにある」という思い込みに気づかされました。人間がデザイン・設計・整備することで世界が良くなると考えていましたが、その考えは間違いであると気づきました。この誤った認識は、デカルトの『二元論』に通じるもので、「人間は生物の最上位である」という考え方から来ています。
デザイン理論家のトニー・フライ氏は、「自己中心的な建築表現は、気候変動や全体的な不安定化といった緊急の課題の規模と照合すると、単に見当違いであるばかりか、未来に対する犯罪である」と表現しています。つまり、人だけを考慮した自分本位なデザインは地球に良い影響を与えず、今後は持続可能なエコロジカルデザイン(生態学的、環境保護に配慮した環境デザイン)が求められます。
近代デザインの4つの間違った信念
近代デザインは、個人・科学・経済・現実という4つの信念の中で構築されてきました。
個人の信念は「そこにいる人だけ」に焦点を当てており、他の視点を考慮していません。
科学の信念は、建設的な発見に対しては責任を持つ一方で、破壊には無責任です。
経済の信念は、大量生産・大量消費に基づき、未来の資源を過剰に消費してしまいます。
現実の信念は、世界が一つになれるという考えに基づき、家父長制文化や植民地的発想を助長します。
これらは間違った二元論から生まれたものです。
二元論からの転換で未来を考える
二元論とは、目に見えるものと見えないもの、主観と客観のように物事を二つの軸で分ける考え方です。精神と物質、身体と魂などを切り離して考えることを指します。
エコロジカルデザインを実現するためには、この二元論からの転換が不可欠です。そのためには、二元論の問題点を認識することが第一歩です。私自身も二元論的な思考に陥っていることに気づいていないことが多く、まずはそれを自覚することが重要だと感じます。
チリ・タルカワノ出身の生物学者・認知科学者フランシスコ・バレラ氏は、欧米の学術研究で重視されない二元論の問題を3つ挙げています。
- 階層、支配、排他、破壊的な側面。
- 二元論の解釈が他に波及すること。
- 近代社会理論と相容れない思考。
これらを踏まえ、自然と文化の分断を超えた関係性が重要だと主張しています。
世界問題:グローバルノースとサウスの問題に向き合う
自然と文化を分断を超えた関係性を構築するためには、グローバルサウスの古来の生活様式が参考になることがあります。
グローバルサウス(Global South)とは、グローバル化の影響を受ける地域や住民を指します。南北問題と呼ばれることもありますが、新興国の台頭や移民の流入により、地理的な意味は薄れてきています。
著者のエスコバル氏は、グローバルサウスの生活様式を参考にしつつ、発展している社会に古来の生活に戻ることは不可能であるため、近代グローバル・ノースとの両方で確立しつつあるトランジションのビジョンを作るべきだと主張します。
そのための仕組みとして「自治=自律デザイン」の構想が必要です。地球の資源と融合しながら、各地域の文化やアイデンティティを基にした統治が求められます。
持続可能な社会へのトランジション方法
各地域が自律し、自治していくことは重要ですが、未来へのトランジションも忘れてはなりません。デザインされた社会で生きることで、社会のルールや仕組みが固定化されることに留意し、常に再考し続ける必要があります。
そのためには、「問い」を生み出し、私たちが生きている世界に新たな可能性を示すスペキュラティブ・デザインの実施を推奨しています。また、日常生活における製品の役割への先入観を明らかにし、議論を活性化させるクリティカルデザインも重要です。デザインの概念は多様であり、固定化せずに模索し続けることが基本です。
カーネギーメロン大学のフレームワークは、人が人として生きるための地域に根付いた共同体が、生態系と共に生きる関係性を目指し、ビジョンを掲げつつセオリーを見直す方法を提供しています。
著者のエスコバル氏は人類学者であり、私たちデザイナーとは異なりますが、多くのことを学ぶことができます。デザイナーは人類学についても理解しておく必要があり、UXデザイナーが心理学を学ぶように、「人がどうあるべきか」を考える必要があります。
本書を通じて、デザインに対する考え方や、脱炭素社会を実現するためには、人の価値観や哲学を変革する必要があることを学びました。そして、その変革には書籍のタイトルでもある「多元世界(プルリリーバ)」の概念が重要だと感じました。