私たちは今、デバイスとの関わり方が大きく変わろうとしているのかもしれません。リアルタイムで個別最適化(ハイパーパーソナライズ)を行い、ユーザーが意識せずに操作できるスムーズな自動化まで、AIを中核に据えたシステムは従来のユーザー体験を根本から刷新しています。
しかし、その力には大きな責任も伴います。プライバシーの問題、ユーザーによる制御、AIへの過度な依存など、課題も見えてきます。では、デザイナーはどのようにして直感的で人間中心のAI体験を設計できるのでしょうか。
モバイル・ファースト思考がUXデザインの世界に革命をもたらしたように、AIファーストはさらに大きな変化をもたらす可能性を秘めています。
近年、AIを中核とする製品やサービスは急速に増え、従来のユーザーインターフェースだけでは十分に体験を設計できなくなりつつあります。AIファースト製品では、ユーザーはボタンや画面操作だけでなく、対話や自動化された判断を通じてシステムと関わります。そのため、新しいデザイン思考が求められます。本記事では、AIファースト製品の特徴、デザイナーが直面する課題、そして新たに生まれる機会をわかりやすく解説します。
従来の多くのデザインルールは、こうした変化の中で通用しなくなりつつあります。
AIファーストの概念と歴史
AIファーストデザインという概念を私に最初に教えてくれたのは、Sumo LogicのUX責任者イタイ・クランツ(Itai Kranz)です。彼は「AI-First Product Design」という記事を執筆しています。オンライン文献における初期の言及としては、マーシャ・クロール(Masha Krol)が2017年にMedium.comで公開した「AI-First: Exploring a new era in design」があります。
ただし、AIファーストはデザイナーの専有領域ではありません。ニラージ・クマール(Neeraj Kumar)は、LinkedInに投稿した記事「The AI First Approach: A Blueprint for Entrepreneurs」の中で、次のようにわかりやすく述べています。この指摘は非常に的を射ています。
「AIファーストの企業では、AIは単なる補助ツールではなく、会社の中核に深く組み込まれている。どの課題に取り組むか、どんな製品を作るか、顧客とどう関わるか──あらゆる意思決定が最初からAIを前提に行われている。」
コパイロット(AIアシスタント)はAIファーストではない
最初のLLM搭載製品の多くは、既存製品に後付けされたアシスタント機能のコパイロット(AIアシスタント)として登場しました。UXforAI.comでは、「How to Design UX for AI: The Bookending Method in Action」でコパイロットの設計パターンを紹介しています。
コパイロットは、既存の製品にサイドパネルを統合し、メイン画面とLLMエンジンを連携させ、作業効率の向上や新たな洞察の提供を目指すものです。
具体例として、Amazon QとQuickSightの統合があります。自然言語による質問への回答やダッシュボードの説明など便利な機能がありますが、既存製品にAIを後付けしただけであり、AIファーストとは言えません。

Amazon Qのコパイロットパネルは、自然言語による質問への回答、ダッシュボードの説明、テーマ別レポートの作成などが可能です。確かに印象的で実用的な機能ではありますが、これはAIファーストとは言えません。QuickSightという既存製品に自然言語処理を後付けしただけに過ぎません。
Alexaの事例
Amazon EchoとAlexaの組み合わせも、AIファーストへの挑戦でした。しかしAlexaは、コンテキストの理解が不十分であり、複雑な操作やエコシステム外でのアクションに対応できません。たとえば、ドッグフードをカートに追加することは可能でも、ピザの注文や旅行予約のような複雑なフローは実現できません。
Alexaスキルも操作が複雑で、ユーザーは現在のモードや状況を判断しにくく、発話のタイミングが少しでもずれると処理が中断されます。
主な問題としては、呼び出し時の音声コマンドが長すぎること、会話の文脈が継続されないこと、スキルの起動や終了といった操作が煩雑であること、そして現在どのモードにいるのか(スキルの実行中か、通常のAlexaモードか)がユーザーからは判断しづらい点が挙げられます。
さらに深刻なのは、発話のタイミングと正確さが非常にシビアである点です。ユーザーがほんの少しでもためらったり言い直したりすると、Alexaはすぐに応答を打ち切ってしまい、最初からやり直さなければならないのです。
Corrosion Managerの事例
GE向けに開発した「Corrosion Manager」スキルでも、長く複雑な呼び出しコマンドは現実的でなく、ユーザーにとって使いやすい体験とは言えませんでした。
その際、最も簡単な呼び出しコマンドとして考案したのが、「Alexa、Corrosion Managerに、ノースイースタンACMEプラント(GE社向けのAlexaスキルのテスト環境で使われた架空の工場名)のコンデンシングプロセッサー処理ラインでリスクのある設備があるか尋ね」でした。
これをタイムアウト前に、しかも朝のコーヒーを飲む前に一息で言える人がどれだけいるでしょうか。当時のCPOがこのコマンドを試してみたとき、非常に落胆していたのを覚えています。Alexaスキルは、SaaSアプリケーションとしての要件を満たしているとは言い難いのです。
特に印象的だったのは、信仰心の厚い中年のキリスト教徒の友人夫婦に、Alexaの聖書スキル(Bible Skill)を紹介したときです。彼らは、聖書の一節を読み上げさせるといった基本的な機能さえうまく使えず、試みはすぐに挫折してしまいました。最終的には「悪魔の機械を家に持ち込んだ」と言っていたことも笑い話となりましたが、今でもなんとか友人関係は続いています。(苦笑)
Humane AI PinとRabbit R1
Humane AI Pin(2025年2月18日に、OpenAIのAIを搭載したウェアラブルデバイス「Ai Pin」の販売とサービスの提供を打ち切り)は、新世代における商業用AIファーストプロダクトとして最初に市場に登場したデバイスの一つです。しかし、直面していた問題がありました。その最大の問題は、入出力インターフェースと操作性の不自然さにありました。
一見すると、Alexaの機能をモバイル環境で再現しているようにも見えましたが、実際には、たとえばピザを注文するといったシンプルな操作ですらスムーズに行えず、旅行予約のような複雑な処理に至っては、はじめから実用の範囲外でした。
ただし、このデバイスは、「アプリストアの終焉」を世の中に示したという点で、非常に意義のあるプロダクトだったといえます。
Rabbit社のr1
Rabbit社が2024年1月9日に発表したAIファーストプロダクト「r1」も、注目すべき存在です。
このデバイスは、LLMとモバイル端末としての筐体、音声、視覚機能を組み合わせた次世代のAIプロダクトに属します。見た目は、タッチスクリーンとスピナーホイールを備えた小型スマートフォンのようで、往年のBlackBerry端末を思わせるデザインです(ちなみに、映画『Blackberry』はモバイルデザインに関心のある方には必見の作品です)。
r1が最もユニークなのは、「アプリが存在しない」という点です。
従来のアプリ群はすべて、ChatGPTベースの音声アシスタントとのやり取りの裏側に恒常的に統合されており、ユーザーは直接アプリを操作する必要がありません。たとえば、r1でピザを注文するデモでは、すべての操作がスムーズに行われ価格設定もシンプルでした。

このプロダクトの中核的な戦略は、信頼性が高く一貫性のあるエンドツーエンドの体験を、シンプルな価格設定とともに提供することのようです。しかし残念ながら、言うほど簡単には実現できませんでした。
AIプロダクトにおける倫理の坂道
r1の発売から13か月が経過した現在、Rabbit社を取り巻く状況は芳しくありません。(日本でも「r1」の発売当初話題でした。)
YouTubeの著名なテックインフルエンサーであるMarques Brownlee(マルケス・ブラウンリー)は、r1を「レビューにすら値しない」と厳しく評しており(Rabbit R1: Barely Reviewable )、さらにCoffeezilla(コーヒージラ)は、「詐欺だ」とまで言及しています($30,000,000 AI Is Hiding a Scam )。
これらのレビューによれば、r1には複数の重大な課題が指摘されています。
具体的には、Uber、DoorDash、Spotifyなどの主要なサービスと連携できない点や、カメラによる画像認識の精度が低く、ユーザーの意図した物体や状況を正確に識別できないケースが多い点が挙げられます。
また、バッテリーの持続時間が短いことや、GPSによる位置情報の精度が不十分であることも課題です。さらに、複数の機能やサービス間での連携が十分に実現されておらず、スムーズで快適なユーザー体験を提供できていないと指摘されています。。
最大の問題は、Rabbit社のマーケティングが約束した多くの機能が、実際には全く実現されていなかった点にあります。
The VergeやCoffeezillaなどの複数のレビュアーは、r1がいくつかのサービスと統合されているように見える一方で、実際には「Playwright」というオープンソースのWebインターフェースプラグインを使って手動で操作されているだけだと指摘しています。
つまり、Rabbit社が言う「Large Action Model(LAM)」によるAI操作は、実際には存在しないかもしれないと考えられています。
さらに、一部の調査によると、r1のプロダクトは「ChatGPTを基盤としたカスタマイズ版チャットボット」である可能性が指摘されており、その事実をユーザーに対して明示しないよう指示されているとの見方もあります。

Emily Sheppard(エミリー・シェパード)は自身の動画の中で、次のように述べています:
上記で説明されたLarge Action Model(LAM)はWebサイトをリアルタイムで操作し、情報を取得する仕組みとして紹介されたが、実際には単なる静的なコマンドの集合に過ぎない。UIが変更されたり、CAPTCHAが追加されると、スクリプトは対応できなくなる。
ユーザーインターフェースにわずかな変更が加えられるだけで、システム全体が機能しなくなる可能性があります。この現状を踏まえ、Coffeezillaをはじめとする多くの専門家は、Large Action Model(LAM)は単なるマーケティング用語に過ぎず、実在しない可能性が高いと結論づけています。
AIファーストの実現は極めて困難
r1に対する評価は分かれるかもしれませんが、ひとつ確かなのは、AIファーストの実現には非常に高いハードルが存在するということです。
初期段階での失敗や過度の期待はある程度避けられないですが、AIファーストのプロダクトがアプリ全体で膨大な個人情報を収集することを考えると、倫理的な配慮は早い段階から重要な検討事項であると言えます。
しかし現時点では、こうした影響力の大きいAIプロダクトについて、その設計や開発における倫理的配慮を体系的に定める明確なルールは存在していません。
現時点では、まるで映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』のキャプテン・バルボッサが言うように、「掟とは、いわば“指針”であって、厳格なルールではない」といった状態に近いのです。
「掟ってのはな、本当のルールっていうより、まあ“指針”みたいなもんだ。」
— キャプテン・バルボッサ
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」ことを忘れてはなりません。
私たちは、こうした倫理的に極めて重要なAIファーストシステムに対して、「海賊のような考え方」で設計を進めるわけにはいかないのです。
これらのデバイスが今後、現在のスマートフォンと同様に、人々の生活全体を担う存在になることを考えればなおさらです。次のセクションでは、AIファーストプロダクトを設計する際に考慮すべき原則と重要なポイントを整理いたします。
ルール破りのためのルール
まだ多くを学ぶ余地はありますが、AIファーストという新しいデザインパラダイムにおいて、すでにいくつかの基本原則が見えつつあります。現時点で私たちが把握しているのは、次のような点です。
1.スムーズ・シンプル・シームレス
AIファースト体験は、従来のアプリ中心の構造よりも、はるかに簡潔かつ滑らかであるべきです。たとえば、r1ではアプリの連携設定に別のデバイス(キーボード付きのPC)が必要であることが指摘されています。
私たちはすでにモバイルデバイスでほぼすべての作業を完結しています。それにもかかわらず、AIファーストデバイス単体で操作を完了できないというのは、時代に逆行しているといえるでしょう。ただし、r1が提供するサブセカンド(1秒未満)のLLM応答速度は評価に値します。
2.AIファーストの新たなデバイスを導入
スマートフォン、スマートウォッチ、イヤホン、メガネ、タブレットといった既存のスマートデバイスとの連携を前提とすべきです。多くのユーザーはすでに複数のデバイスを所有しており、これ以上新しい端末を増やす理由が明確でなければ、導入は進まないでしょう。
たとえばr1は小型の画面を搭載していますが、すでに2台のカメラを備えた高性能スマートフォンに慣れたユーザーにとって、画面サイズやカメラ機能をあえてダウングレードする理由は見いだしにくいはずです。
3.データプライバシーの透明性
AIアシスタントがユーザーの生活を深く理解するようになるからこそ、その情報が悪用されたり、第三者に売られたりしないという安心感がとても重要になります。
ユーザーは、自分の利益が常に最優先されていると信頼できることが不可欠です。AIに高い能力があるのであれば、その分、ユーザーの意思を尊重し、個人情報の取り扱いには最大限の配慮が求められます。
4.既存デバイスとの連携活用
新たなAIファーストデバイスを導入する際は、既存のスマートフォン、スマートウォッチ、イヤホン、メガネ、タブレットなどとの連携を前提とすべきです。ユーザーはすでに多くのデバイスを所有しており、これ以上デバイスを増やす必然性が見出せない場合、導入は進みません。
たとえば、r1には小さな画面が搭載されていますが、すでに2台のカメラ付きスマートフォンに慣れているユーザーにとっては、画面やカメラのスペックを下げる選択肢は歓迎されないでしょう。
5.取引のセキュリティ強化
今後、AIファーストデバイスであらゆる操作を行うようになることを考えると、セキュリティはこれまで以上に重要になります。顔認証や指紋認証といった高度なセキュリティ機能を標準装備とすべきです。
r1が採用している取引確認ダイアログは一定の効果があるものの、AppleのiPhoneが提供する「ダブルクリック+顔認証」のような、より堅牢な仕組みを導入する必要があります。
6.音声以外の操作
r1やAI Pinは、「音声が主たるUIである」という前提に依存しすぎています。しかし、モバイル環境では音声入力は必ずしも適していません。たとえば、医療機関の待合室や会議中のような静かな場所、あるいはバスや電車、カフェのように騒がしい環境では、
音声操作は現実的ではありません。キーボードによるテキスト入力は、補助的ではなく、主要な操作手段として重視されるべきです。
7.過度に可愛らしいデザインの回避
プロダクトデザインは親しみやすさを持たせることが大切ですが、過度に可愛らしくなりすぎると、信頼性を損なう恐れがあります。たとえば、明るすぎるオレンジ色は、緊急信号や子ども向け玩具のように見える可能性があるため、製品の用途と合致しない場合は避けたほうが賢明です。
デザイナーは経営陣の好みだけに流されず、ユーザー視点で判断する姿勢が求められます。
AIファーストの実現は容易ではありません。これらのプロダクトは、まだ発展途上にある「第一世代」といえます。初代iPhoneにコピー&ペースト機能が搭載されていなかったことを思い出してください。また、初期のFacebookアプリは単なるウェブサイトであり、「投稿の閲覧」と「いいね」しかできませんでした。真のモバイルアプリが登場したのは、それから1年以上後のことです。
すべては一歩一歩の積み重ねから始まります。
とくに「Rabbit」というネーミングは、かわいらしく親しみやすい反面、高度なAI機能を備えた次世代デバイスとしての信頼性や専門性を伝えにくいという課題を抱えています。革新的でプロフェッショナルなプロダクトをうたうには、やや軽すぎる印象を与えてしまうのです。
YouTubeで公開されたプロダクトローンチ動画では、批判的なコメントが相次ぎ、コメント機能自体が無効化される事態に至りました。
とはいえ、私自身はr1について肯定的な見方をしています。
r1は、ChatGPTを活用した非常に洗練されたインターフェース設計が特徴です。そして、長年変化のなかった「OS+アプリ」というスマートフォンの基本構造に対して、AIによる新しいユーザー体験の可能性を提示している点で、高く評価しています。
アプリの終焉とAIファーストの台頭
シンプルで信頼性の高いエンドツーエンドの体験、明瞭で公平な価格体系——これこそが、AI時代の中核戦略です。
Rabbit社のr1のようなAIファーストプロダクトは、「スムーズ・シンプル・シームレス(3S)」を目指す初期段階の取り組みだといえます。
繰り返しですが、大規模言語モデル(LLM)の進化によって、従来の「アプリ」という概念が時代遅れになりつつあるという現実です。
スマートフォンは「モバイルファーストのUIデザインの集積体」ではなく、「AIファースト体験のための統合プラットフォーム」として位置付けられていくでしょう。
UberやSpotifyのようなアプリが提供するサービス自体は今後も残り続けますが、ユーザーがアプリごとに画面を切り替えたり、Alexaスキルのような音声UIを一つずつ呼び出したりするような操作は、いずれ必要なくなるでしょう。AIが裏側ですべてを繋ぎ、よりシームレスな体験を実現すると考えられます。
AIファーストの設計においては、ユーザーが望むことを自然かつ簡潔にアシスタントに伝えるだけで、アシスタントがその目的を達成するために必要なサービスへアクセスし、ユーザーの好みや意図を理解した上で、最適な結果を返すことが求められます。
アプリという枠組みにとらわれない統合的かつ直感的なユーザー体験こそが、AIファースト時代の新たなスタンダードになるでしょう。私たちは今、アプリという時代を終わらせる転換点に立っているのです。
執筆:Greg Nudelman(グレッグ・ヌーデルマン)
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