毎月開催されている「UX読書会」で取り上げた書籍をご紹介します。本記事では、スタッフの高橋とかじしまが、2024年の読書会で扱った書籍の内容を振り返ります。
2024年は、ドン・ノーマン氏の著書『より良い世界のためのデザイン』で紹介された書籍をテーマにしていきました。非常に深い内容の本に触れる機会が増え、中には理解が難しいと感じるものもありました。しかし、社会人になると、頭をフル回転させて読む本はつい敬遠しがちです。そんな中でも読書会の存在があれば、期日までに本を読み切ろうと努力する良いきっかけとなりました。
デザインは単なる表面的な美しさだけでなく、機能や設計といった要素を含むのはもちろんのこと、視点を変えると、あらゆるものが「デザイン」と言えます。私たちはそのデザインに影響を受けながら日々生活しているのです。
読書会で取り上げた書籍は、未来を見据えたデザインについて考えるヒントを与えてくれるものでした。ぜひ、気になる書籍を手に取ってみてください。きっと、新しい視点やアイデアに出会えるはずです。
1月 「ユーザビリティテスト実践ガイドブック」
UX DAYS TOKYOオーガナイザの大本が執筆した書籍です。ユーザーテストとどう違い、ユーザビリティテストとはなんなのか?実践の心得や注意点、組織で行う方法やユーザー心理を用いた改善例まで、問題を見つけ、解決するまでが実践として書かれています。
ユーザビリティテストをいきなり大々的に取り入れるのが難しければ、出来ることが何か考えれば良いと気づきました。例えば、隣の部署の人に「ログインできるか試してみて」と開発中の画面を触ってもらうというのであれば、面倒な上長の承認も不要です。
ユーザビリティテストはチームでやればやるほど、仲間を増やし、仲間を増やすことで実行しやすくなっていきます。読書会では、オーガナイザーの大本さんから「仲間を増やそう」という言葉があり、仲間を増やす取り組みについて参加者と話し合いました。
皆さんの意見をもとに、私は「担当するエンジニアやQAに必ずUTしてから担当してもらう」というマイルールを設けようと決めました!
2月「カラー・アクセシビリティ」
UX DAYS TOKYOの菊池が監訳をした書籍です。カラー・アクセシビリティとは誰にでも判別できる配色のことです。視力の弱い方や色覚異常の方にも分かりやすい配色について学ぶことができました。
デザイナー以外の方でも、プレゼンテーションを作成する際には大いに参考にすべきだと思いました。色覚異常の方に判別できない配色のグラフを作ってしまうと、内容を理解してもらえないかもしれません。最近、SNSの「肉が生焼けか分からないのは色覚異常が原因だった」という書き込みを見て、色覚異常のことを思い出しました。
自分ではなかなか学ぶことがないカラーアクセシビリティを学ぶ機会を得られるのは、この読書会ならではです。どんな色盲があって、どう見えるのかまったく知らなかったのでとても勉強になりました。
特に、グレースケールでも濃淡でデザインできれば、誰に対しても視認性の高いデザインが作れることを学べました。書籍を読んでデザインレベルを1段向上させるヒントが満載でした。
3月「プロダクトマネージャーのしごと 第2版 ―1日目から使える実践ガイド」
UX DAYS TOKYO 2024に登壇した、マット・ルメイ(Matt LeMay)氏が執筆した書籍です。プロダクトマネージャー(PdM)という言葉もよく聞くようになりましたが、プロジェクトマネージャーのような管理をする仕事だと誤解されることが多いです。
書籍にあった「ゴールはプロダクトやサービスであり、ドキュメントや会議ではない」ということが強く印象に残りました。プロダクトマネージャーはもちろん、プロジェクトマネージャーやそれ以外の職種の方にもためになる書籍でした。綺麗な設計書やコードのために時間をかけてしまうエンジニアの方もいらっしゃるのではないでしょうか。もちろん、システムの保守性を担保するために必要なことではありますが、ゴールは何か見失わないようにしたいものです。
プロダクトマネージャーの仕事は多岐に渡ります。マットルメイさんはプロダクトマネージャの仕事の軸を「コミュニケーター」として捉えているところがとても印象的です。
とくに経営層との仕事の仕方が共感しました。「鶴の一声」や「トップダウン」など、現場からみた経営層はあまり良く言われない印象があります。マットさんは経営層へのコミュニケーションは、情報を提供し、良い意思決定を促すことだとしています。
4月「より良い世界のためのデザインー意味、持続可能性、人間性中心」
ノーマン・ニールセンのドン・ノーマン氏が執筆した書籍です。ここ数年、ゲリラ豪雨や35度以上の猛暑日など環境破壊による異常気象が日常になりつつあります。生活可能な環境を持続させるためにデザインがどのように貢献できるかを学ぶことができました。
「我々がデザインしたものは人工物であり、我々はデザインした社会に生きている」という言葉に、ハッとしました。使い捨てをしてしまうのもデザインが一因なのです。自分では手に取らないような非常に難しい書籍でしたが、参加された方とディスカッションすることで、理解を深めることができました。
世界で屈指のデザイナーが環境問題という世界の大きな問題に取り組んでいると知れたのがとても大きかったです。
日本では、未だにユーザー中心かどうかに課題がありますが、世界では人間だけでない「生態系」を中心として、自分たちが変わるためのデザインを考えています。
読書会では「変化」することの難しさを共有し、変化のために何ができるのか学びを深めたいと、関連書籍を読書していく流れとなりました。
5月「システムの科学」
行動経済学の基礎となる「ホモエコノミカス」の生みの親、ハーバート・A. サイモン氏が執筆した書籍です。4月の読書会で取り上げた書籍にもあった「人工物」の科学について解説されています。
この書籍も非常に難しいものでしたが、大学で学んだゲーム理論が取り上げられており、遠い記憶が蘇ってきました。ゲーム理論も、もう一度勉強してみたいと思いました。
社会がどのような「システム」で作られていくのかを学びました。人間は完全な合理性に基づいて行動できません。囚人がもう一人いるだけで、合理的な判断を欠いてしまう「囚人のジレンマ」のように、外部要因に依存して選択せざるを得ないのです。
だからこそ、社会がどのような危機にあるのかシンプルに正しく理解する必要があり、そこに貢献するのがデザインなのだと理解しました。「より良い世界のデザイン」では、今の現状もデザインの結果であり、故に変えることができるのもデザインであると書かれていました。デザインの社会的責任について、「システムの科学」と読み合わせることで深く理解できました。
6月「最善のリサーチ」
UX DAYS TOKYO が監修するA Book Apartの書籍です。リサーチというと、マーケティング担当者やUXデザイナー以外には無縁だと思われがちですが、そうではありません。
「リサーチは批判的に思考すること」という言葉を聞いて、これはシステムの設計や不具合の改修にも当てはまるのではと思いました。不具合の原因が全く分からない場合の調査や、改修方法が正しいかを確認する方法にも通じる印象を受けました。
読書会では、間違ったアンケートを行っていた参加者のエピソードから、アンケート調査のリスクを会社にどう伝えればよいのかディスカッションをしました。さまざまな意見が出て、現場ならではの実用的なアイデアが出て、とても参考になりました!
7月「多元世界に向けたデザイン」
再度、「より良い世界のデザイン」の関連書籍から学ぶことになりました。「デザイン」の再定義/方向転換を図る人類学者、アルトゥーロ・エスコバル氏が執筆した書籍です。多元社会とは、多様な文化や価値観が共存する、一つの世界のことです。
「多元世界に向けて、デザインを社会の変革の手段にする」というフレーズは、4月の読書会で取り上げた書籍の内容にも通じるものがありました。この書籍も非常に難しく、読むのも大変でしたが、参加された方のおかげで学びが深まりました。
「より良い世界のデザイン」では、変化する重要な要素は価値観であるとされています。
本書籍では、近代化された価値観に警鐘をならしつつも、自然と文化を分断せずに考える新しい価値観にトランジションすることが強調されていました。
書籍では、社会全体が変化するには、均一的な価値観を持つ社会ではなく、さまざまな価値観を持つコミュニティが必要とされています。このような他では取り扱わない書籍を読むことができる読書会が新しい価値観を持つコミュニティのひとつになるのではないかとも感じました。
8月「システミックデザインの実践」
システミックデザインと医療サービスデザインを教えている、ピーター・ジョーンズ氏と人間中心デザイン機関ナマーン(Namahn)のビジネスパートナーである、クリステル・ファン・アール氏が執筆した書籍です。昨今、システムはどんどん複雑になっています。様々な要素が絡み合った複雑な課題に対して、クリエイティブな解決に導くにはツールキットが必要です。
ツールキットのほか、ラボやスタジオを活用した共創ワークショップ開催についても学ぶことができました。この書籍も難しく、読むのが大変でしたが、参加された方のおかげでなんとか投げ出さずに読むことができました。
本書籍では、「より良い世界のデザイン」「システムの科学」で述べられている社会の複雑性へのアプローチがかかれています。
社会が複雑なのは因果がループするからです。米が少なくなるほど、米を買い占める人が増えるようなものです。だからこそ、局所的に問題を特定するより、「レバレッジポイント」を捉え、システムを書き換えるためにどこで何が起きているのか何度も調査、分析する必要があります。
本書籍は、10月「学習する組織」と合わせて読むことでシステム思考の理解を深めました。
9月「クリエイティブデモクラシー」
一般社団法人 公共とデザインのメンバーが執筆した書籍です。クリエイティブ・デモクラシーとは、一人一人の創造性を信頼し、それぞれの内発的な創造性から生まれるプロジェクトによって形成される民主主義のことです。
複雑化しているシステムでは、一方的に供給するだけだとうまくいかず、多方面で協力し合う必要があります。「ユーザーだから」とあぐらをかくのではなく、自らデザインに参加すること、そして、ユーザーの行動もデザインに影響していることを学べました。
「多元世界に向けたデザイン」での、自治・自律のコミュニティについて、実際に日本にもある具体的なコミュニティが紹介されています。
自分たちで社会を作っていく、変えていくというイメージがとても湧きやすい書籍でした。
政治などに見られるような「自分が参加したところで何も変わらない」と諦めてはいけません。「多元世界に向けたデザイン」と合わせて読むことで、自分たちが社会を構成しているのだと自覚できました。
10月「学習する組織」
マサチューセッツ工科大学(MIT)経営大学院上級講師のピーター・M・センゲ氏が執筆した書籍です。100万部以上売り上げたベストセラーでもあります。学習する組織とは、人々が絶えず喜んでいる結果を生み出す能力を拡大させる、新しく発展的な思考パターンが生まれる、共に抱く志が解放される、共に学習する方法を人々が継続的に学んでいるものです。
「あなたの組織は学習障害を抱えていないか」という言葉は耳が痛かったです。小売店、物流業者、醸造所それぞれの立場で利益を最大化するように行動する、ビールゲームの話は分かりやすく面白かったので、人に説明するときに使おうと思います。
今年一番読んで良かった書籍でした。「システミックデザイン」で取り上げるシステム思考をわかりやすく解説しています。小売店・卸・工場それぞれの発注量が負のループをつくり、在庫状況が異常になるビールゲームでは、個々の消費者、小売側が状況を正しく判断する責任があると感じました。
結局システムは自分自身であり、自分が新しい価値観で成長することが、チームを変革する一番の近道であると学べました。またチームに問題が見つかったとしても、そこがレバレッジポイントになっていなければ、問題は解決するどころか悪化する可能性すらあります。どこに問題を見るのかを見極める必要性も理解できました。
11月「みんなでアジャイル」
UX DAYS TOKYO 2024に登壇した、マット・ルメイ(Matt LeMay)氏が執筆した書籍です。書籍のタイトルに「アジャイル」とある通り、アジャイルの実践が記載されていますが、方法論のみを語ったものではありません。
顧客体験を理解することや、顧客のフィードバックを定期的に取り入れることなど、ウォーターフォールを採用している現場でも活用できる内容でした。「アジャイルは適当で、いい加減な開発プロセス」と思っている方にもぜひ読んでほしいです。スクラムマスター資格取得時に勉強した内容も多く出てきて、復習になりました。
スクラムマスターの資格を持つ私でも「アジャイルは会社に導入するもの」という理解でしたが、それは違いました。チームがアジャイルの有用性を理解し、自ら取り入れなければアジャイルは「骨抜き」状態になります。
無理にアジャイルを理解してもらう必要はなく、チームに受け入れやすい文化に近いアジャイルマインドやルールを取り入れれば良いというのは、目からウロコでした。
12月「生きのびるためのデザイン」
4月と7月に取り上げた書籍にもあった「パパネック理論」の完訳本です。「インダストリアルデザインよりも有害なものは少ない」という衝撃的な一文が前書きにありました。
デザイナーには社会的道徳的責任が求められますが、何もグラフィックのデザインをする人に限定されていません。ブレーキの効かない車は破壊兵器にもなり得ますし、セキュリティの設計に不備がある決済システムが不正アクセスの被害を受けると意図しない決済が多発するなど、社会的混乱を引き起こしかねません。デザインは人間の活動の基礎で、人は誰でもデザイナーなのです。この本も非常に難しく、理解が追いついていないので、もう一度読んでみようと思います。
学者でもない50年前のデザイナーが、資本主義的な大量生産の社会に警鐘を鳴らしていたことは驚きでした。世界には道路が20%しかないのに、あまりにも自動車を作りすぎで、排気ガスによる環境汚染は地球全体に影響しています。
デザイナーは誤った文化・慣習を是正する必要があり、そのようなデザイナーを教育することが難しいとありましたが、何を疑問視するかは教育次第ですし、自分もこの書籍から学んだ世界の異常さをこどもに伝えていこうと思いました。