先日2024/4/26に、『より良い世界のためのデザイン』の読書会を開催しました。私にとって、仕事での設計やデザインの考え方を劇的にシフトさせてくれた書籍です。
今の生活スタイルやデザインを変えることで社会を変えられると信じさせてくれる一冊で、デザイナー以外の方にも読んでいただきたいです。
この書籍は昨年(2023年10月12日)に日本語翻訳されました。著者のDon Norman(ドン・ノーマン)氏は、「デザインが世の中を変えられる、いや、デザインで変えなければならない」と訴えています。
私を含めた読書会の参加者は、現在の仕事が世の中を変える一因であることを認識し、デザインをする際に世の中全体のことも考慮しなければならないことに気づかされました。
UX TIMESの読者であればすでにご存知かもしれませんが、ノーマン氏は、書籍『誰のためのデザイン』の著者であり、世界的に有名なUXファーム「NN/g」の共同創設者の一人でもあります。さらに、Apple社の4番目の社員でもあります。
ノーマン氏は認知工学者として、人間中心設計のアプローチを提示し、アフォーダンスに加えるシグニファイアが必要であることを論じ、日本のデザイン業界でも著名です。認知工学者として人に優しいデザイン設計を紹介してきましたが、この書籍では、人だけでなく地球全体を見据えたデザインの必要性を訴えています。
そして、「壮大だけど重要で急務だから、みんな気づいて!」という読者へのメッセージが込められていると感じました。単なるデザインの書籍ではなく、社会・地球問題解決のためのデザインを提唱しています。
その解決の糸口として、「意味」「持続可能性」「人間性中心」の3つのテーマについて解説しています。
地球は有限であるにもかかわらず、私たち人間は、この数百年で資源を使いすぎています。具体的な内容に入る前に、なぜ社会・地球問題解決のためのデザインが必要かを理解しなければなりません。
日本でもSDGsが流行っていますが、必要性がきちんと理解されていなければ、どこか表面的で核心に迫らない活動になってしまいます。
(引用:国連人口基金 駐日事務所)
まずは、世界人口の推移をみてみましょう。現在、地球上には80億人の人々がいます。人類誕生から長い歴史があるにもかかわらず、1950年以降、急激に人口が増加しています。1950年に25億人だった世界人口は、2058年ごろに100億人に達すると予測されています。
これだけ多くの人間が地球の資源を使い続ければ、すぐに枯渇してしまいます。特に18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命以降、工業化が進んだことで大量生産が可能になりました。企業は多くの製品を生産し、多くの人に届けるために価格を抑える努力もしてきました。
しかし、その行動や仕組み(デザイン)が地球環境が悪化する原因になっています。国内総生産(GDP)は国の成長を示しているように見えますが、国内で生産されたプロダクトやサービスの付加価値を合計した金額で、ゴミなどの廃棄処分にかかる費用も含まれています。戦争ビジネスもGDPに含まれており、戦争で使用される武器などの費用も成長として計上されています。
ドーナツモデルで成長と危機を理解しよう
ゴミ処理にかかる費用も含まれるGDPには、本来の成長を正確に反映していません。実質の成長を示す指標でもなければ、幸福な状態を表す数値でもありません。そのため、英国の経済学者ケイト・レイワース氏は、地球及び人類が目指すべき指標としてドーナツモデルを提唱しています。
ドーナツモデルは、外側のエコロジカル・シーリング*1と内側の社会基盤(ソーシャル・ファンデーション)に挟まれた「スウィート・スポット」で持続可能な世界を表しています。エコロジカル・シーリングは地球の限界を示し、SDGsに基づく社会基盤は人々のウェルビーイング*2を確保しています。
ドーナツモデルは、インタラクティブな形式で、各項目にカーソルを合わせると詳細が表示されます。(インタラクションは、https://www.kateraworth.com/doughnut/ のサイトで確認できます。)現状では、地球の限界を超えた環境負荷があり、社会基盤も不十分で、多くの人々のニーズが満たされていないことがわかります。
*1:エコロジカル・シーリング生態系が持続可能な範囲内で機能することを示す概念。具体的には、地球の自然システムが受け入れ可能な負荷や影響の限界を示し、その限界を超えないようにすることが重要で 、エコロジカル・シーリングを超えると、生態系が破壊され、環境問題が生じる可能性が高まります。 *2:Well-being(ウェルビーイング)Well(よい)とBeing(状態)が組み合わさった言葉で、「よく在る」「よく居る」状態、心身ともに満たされた状態を表す概念 |
GDPの意味を知ったことと同じように、本当の意味を理解する
私たちは、社会人として社会のために仕事をしていますが、成長率だと思っていたGDPが必ずしも社会や世界のための活動を反映していないことを、この書籍で知ることができました。
同じ様に、ビジネスの現場でもデータを鵜呑みにしてしまうことがよくあります。そのデータがどこから出てきたのか、どのような意味があるのかを正しく理解していないと、企業や組織、さらには国全体が間違った道に進んでしまいます。
人は理解しなければ行動しないし、理解するためには、単純で簡単でなければなりません。しかし、現実は非常に複雑で、どんな問題も解決には想像以上に時間と労力がかかります。しかしながら、間違った方向に行かないためにも意味を知ることから始まると書籍では伝えています。
先日、太陽フレアの影響で日本でもオーロラが見られました。その影響で通信や全地球測位システム(GPS)に支障が出る可能性があることをニュースで知りました。太陽フレアが活発になる11年周期を認識し、2024年がその周期に当たることを事前に理解していれば、パニックにならずに対処できます。知ることで行動も変わるので、まずは意味を知ることの重要性を感じました。
普段の生活から考えるデザイン
この書籍の冒頭では、「この世の中にあるもののすべては人工物である」という表現があります。もちろん自然もありますが、私たちが普段生活する中のほとんどは人工物でデザインされたものです。
便利で快適になるようにデザイン(開発)されたものも、慣れてしまうとデザイン意図とは異なる使い方になることがあります。
書籍ではエアコンを例に挙げています。一昔前は外気温に合わせた服装を選択していましたが、今では安易にエアコンに頼り、最大の稼働に設定するようになりました。
実際、私が通っているジムでは少し暑くなるとエアコンを最大にします。寒い人が居てもお構いなしです。夏の路面店でも同じ現象が見られ、お客さんが入りやすいように扉を開けているのに冷房の温度が低く設定されて冷気が外にまで流れています。
これらの利用方法は文化として定着してしまっています。買い物袋が有料になっていますが、基本的に使い捨て文化が根付いている日本では、最近では家でご飯を炊かずにパックごはんが流行っています。洗い物がなくて便利という理由です。
これらの行動はSDGsには適合せず、地球の資源を無駄に使わせるデザインと言えます。書籍では、時間が経つと壊れるように設計されている家電や、飽きてしまう人間の思考にも問題があると指摘しています。
また、自動車会社は車を売る企業ですが、顧客が求めている”移動できること”に焦点を当て、自動車だけを売る企業ではないことを目指すべきだと語っています。
読書会参加者からは、ワンシーズンで服を捨てることをなくすため、AirClosetを使い始めたことを話してくださいました。「他人の着た服を着るのは抵抗あるかと思っていたのですが、意外と大丈夫でした。」との言葉通り、文化を変えることはできるのだと体験を踏まえたディスカッションをすることで腹落ちすることができました。
時間もかかるが、実現する
企業や社会の仕組みを変えるためには、サプライチェーンの限界と臨機応変に対応する思考が必要だとも記載されています。私は、その解釈をナシーム・タレブ氏が作った造語「反脆弱」に繋がる思考だと感じました。これらの思考は企業に必要なのだと感じることができました。
文化や法律を変えるには長い時間がかかります。アメリカでも女性の選挙権は、要求から72年の歳月を経てようやく実現しました。時間はかかっていますが、実現されています。企業をいきなり方向転換させることは無理のように感じますが、実現できるのです。
繰り返しですが、企業や社会の仕組みを変えるために思考を変えなければなりません。そして、具体的な方法として、みんなでデザインするべきだと言います。それは、意識や文化、価値観も変化するからだと私は解釈しました。
わたし達はどう動く!? 私は、価格設定を見なす提案をしたい
書籍では社会問題をはじめとする大きな話題を扱っており、難しい問題も多く含まれているため、普段の生活とのリンクができなかった参加者もいらっしゃいましたが、私はデザインする際の思考が大きく変わり、読書会が終わった後もなお、内容について深く考えるようになりました。
具体的に仕事の内容がどう変えたまではありませんが、意識的にユーザーだけでない、地球規模での視点で物事を捉えるようになりました。あえて紹介するのであれば、価格設定についてはより意識するようになりました。私は心理によって価格は設定できると考えています。売る側も他社優位に立てない、供給しすぎた場合に価格を安くしてしまいます。
物価高と言われている現在ですが、一昔前はモノはもっと高かったはずです。例えば、昭和時代には現在のように100円均一で、商品点数が豊富にあったわけではありません。
価格を安くし過ぎてしまったことにより、ファストファションのような安価な洋服をはじめとするファッション業界は、使い捨てや破棄が社会問題になっていました。商品を作って回さなければ企業は成り立たないという思考、需要を多くし過ぎてゴミを増やすことから脱却しなければなりません。そのためにも、適切な価格を付けることを提案していこうと感じています。
2023年にイベント参加のためスイスに行きました。2週間ほどの滞在でしたが、スイスは日本より物価が高い分、モノを大切にしている自分に気が付いた経験もあり、意識を変える手段として価格設定は重要だと感じました。
「人間性中心」は、人間中心(HCD)の置き換わりか?
読書会では、「HCD(人間中心設計)が駄目になったのでしょうか?」という話題も出ましたが、ノーマン氏は、”人を含め、地球全体を考慮したデザインをしよう”と言っているのであり、範囲を広げる思想を掲げています。
毎日のちょっとした仕事や仕組みの設計でも地球環境を考慮すること、私たち一人ひとりの行動が集まることで大きな力となり、結果として良い世界になるのだと感じました。
書籍にも記載されていましたが、デザイナーでない人でもデザインはできます。実際のデザインを行うのではなく、企業として仕組みのデザインを考えさせられ、どうすべきかのアイディアも具体的に記載されている書籍です。ぜひ多くの人に手にとって皆で意味を理解し、語り合っていただきたいと思います。