TOP 組織・ファシリテーション 企業トップがUXを理解することで変わるビジネスーPR TIMES社長×英国UXD会社CEO 対談

企業トップがUXを理解することで変わるビジネスーPR TIMES社長×英国UXD会社CEO 対談

 

Clearleft創設者アンディ・バッド(Andy Budd)とPR TIMES代表取締役 山口 拓己氏

近年、日本のビジネス業界においても、「UXの重要性」が大きく認知され始めています。現場が肌感としてそれを感じ事業の中に取り入れて行くことはもちろんのこと、その波は徐々に経営者層にも届き始めています。

プレスリリースやニュースリリースの配信サービスとして、国内シェア第一位を誇るPR TIMES。同社は、経営者層がUX視点を捉えてビジネスを行なっている企業のひとつです。果たして、どのようにUXをビジネスに取り入れているのか。

UX DAYS TOKYOの協力団体であるUX LONDONの代表で、Clearleftの創設者でもあるアンディ・バッド(Andy Budd)と共にPR TIMESの代表取締役 山口 拓己氏を尋ねました。

プレスリリース配信サービスにおけるUXへのニーズ

アンディ・バッド(以下、アンディ)「UX DAYS TOKYO 2015からスポンサー企業としてご支援いただき、ありがとうございます。早速ですが、PR TIMES様では、事業の中にUXを積極的に取り入れていらっしゃると伺っています。具体的にどのようにUXを取り入れていらっしゃいますか?」

山口 拓己氏(以下、山口)「UXにもっとフォーカスをしなくてはならない、と感じ始めたのは、従来のプレスリリースの配信構造に大きな変化が生じ始めたというところがきっかけでした。

従来の流れというのは、企業が発信したい情報を各種メディアの方々にお届けする。そして、メディアの記者や編集者が数多あるリリースの中からいくつかを選んで記事にして、そこで初めて一般の生活者に情報が届く、という前提のもとに成り立っていました。つまり、企業から発した情報は、メディアを通じて世の中に流れて行く、という一方向のみしか存在しませんでした。」

アンディ「情報が伝わる構造が変わってしまった、ということですね。」

山口「そうです。今までは、企業が発信する情報(プレスリリース)はメディアだけが受け取っていたものが、インターネットの発達によって、一般消費者へも直接届くものに変わっていきました。そうなると、私たちとしても、従来通りの視点だけで業務を行うことが出来なくなっていきました。

従来の構造だと、企業の方々から見たら、注視すべきはメディアの記者や編集者の方たちのみでした。ですので、広報担当者は、メディア向けの情報素材資料として使いやすい、もしくはメディアが価値を感じてくれる情報を配信すれば良かったわけです。私たちにとっても、企業からメディアのみのベクトルしか存在しませんので、情報の入稿のしやすさやメディアへの促しやすさが(私たちの)価値となっていました。

しかし、プレスリリース配信の構造変化によって、企業からの情報は報道向け素材の資料としてメディア向けの価値もさることながら、同時に一般生活者に対しても価値を感じてもらえる必要性が出てきたのです。」

新しいプレスリリース配信の流れ

アンディ「メディア向けと一般生活者向けでは、情報における価値が異なるのですか?」

山口「はい。例えば、メディア向けであれば記者や編集者の方は、企業から発せられた情報を得て自らが楽しむのではなく、それを活用して自らの知識や見識そしてさらに調査や分析したことなども付加して記事にします。一方で生活者は、その情報から直接必要なことを読み取ったり、楽しんだりします。つまり、情報用途が異なるので必然的に価値判断や選択基準も異なります。

PR TIMESとしては、その違いを企業の方々に認知してもらう必要があります。しかし、PR TIMESを利用する2万を超える企業一社一社にこの状況をご説明して回るのは、物理的に困難です。そこでサービスを使っていただく過程で、プレスリリースを取り巻く環境をまずは感覚的に理解いただき、実際にご利用いただいた際に「ああ、やっぱりそうだよね」と実感していただく、というユーザー体験を作り出す必要がありました。

私たちから積極的な営業活動を通じてお伝えするのではなく、サービスを使っていただいた体験としてプレスリリースの新しい価値や可能性を感じてもらう必要があると気づいて、ビジネスにUX視点を取り入れ始めました。」

企業のトップがUXの理解をすることで起きる変化

Clearleftの創設者アンディ・バッド(Andy Budd)アンディ「素晴らしいですね。アメリカやイギリスでも、近年、PR TIMESさんのようにCEOをはじめとした企業のトップがUXを意識している企業が増えています。

例えば、分かりやすい例でいうと、Googleは元々はエンジニア主体の企業でしたよね。でも、5、6年前にセイゲル・ブリンとラリー・ペイジが、エンジニアリングだけがGoogleのプロダクトをより良くさせる要因ではない、と気づいたのです。エンジニアリングはプロダクトの機能面における性能を上げることには長けていますが、それと“プロダクトを使うこと”における性能を上げることとは別問題です。そこに気づいた彼らは、ユーザー体験の向上(UXデザインの採用)に巨額の投資を行いました。大量にデザイナーを雇ったのです。今では、1万人近いデザイナーがGoogleで働いています。

結果はみなさんご存知の通りです。そして、Facebookも同様の流れを辿っていますよね。Airbnbはデザイナーが設立した企業で、ユーザー体験に着目したところが出発点でした。そして、イギリスではマインドの高いスタートアップのテック企業はもちろんのこと、古くからある業種、例えば、テレビ局や航空会社、そして銀行のような企業でもユーザー体験に着目をしています。銀行というと突飛に思われるかもしれませんが、お金を扱う銀行であるがゆえ、人に着目する必要があります。」

山口「そうなんですね。私どものサービスもUXを取り入れることで変化してきました。」

アンディ「それは、どのような変化ですか?」

山口「PR TIMESを通じて体験の輪が広がっているのが分かるようになりました。実際に、「サービスをローンチした」、「記者会見を実施している」、はたまた「この仕事を担当しました」というコメントとともにPR TIMESで配信しているプレスリリースをFacebookやTwitterなどのSNSに投稿してくださる方が増えてきたんです。

そして、そこから話題が広がっていく企業も出てきまして。そうなると、それを見た別の企業がPR TIMESを使うとメディアだけではなく一般消費者にも情報が届くのだと認識してくださって。じゃあPR TIMESを使ってみようか、という流れが生まれてくるようになりました。

ここ20年、新聞社や通信社の労働人口が減少しています。さらにインターネットのニュースメディアもここ数年、成長の踊り場を迎えています。よほど生産性が上がらない限り世の中に出る記事(パブリシティ)の数は増えません。一方で商品のライフサイクルが短くなり新商品の数は増えていて、企業の伝えたいというニーズは高まっています。つまり、メディアに取り上げてもらい、記事などを書いてもらうという機会が相対的に低くなってしまっている可能性が考えられます。

そのような、なかなか記事化に辿り着かなかった企業の方々がPR TIMESを利用してみると、メディアに送ると同時に一般消費者にも届くようになっているという点に気づいてもらえるようになって来ました。」

アンディ「まさに“体験を通じて感じてもらう”という目標の通り、新しい流れが確実に拡がって行ってるんですね。そのような背景には、何があるとお考えですか?」

山口「みなさんが普段利用されるデバイスがPCからスマホに代わり、情報の流れが変わったという点が大きな影響を与えていると感じています。

あらゆる情報やニュースを簡単にすぐに検索をして調べられるということ、そして、SNSの普及により誰かにシェアしてもらうニュースというものに特別な価値が与えられるようになったこと。この2点が大きいですね。特に誰かを通じて見にいく情報というのは、オリジナルコンテンツとは伝わり方が異なると感じています。

実際のところ、PR TIMESで配信した情報をSNSで投稿するとこんなメリットがあります、などということは企業の方々にはお伝えしていないんです。でも、その体験の輪が自然に広がって、別のお客様につながって、そこから新たな体験が広がって…という状態になってきています。ですので、私たちにとっては、お客様の体験とサービスの利用価値、そしてマーケティングという部分は密接に結びついていて、切っても切り離せない関係になってきています。」

UXデザイナーの成熟度がデジタル・ビジネスにおいてキーになる

アンディ「確かに、新しい古いに関係なくあらゆるサービスのタッチポイントは、かつては物理的で対面式だったものが、どんどんデジタルやオンラインへと変わってきていますよね。もちろん、ヨーロッパやアメリカでもそうです。

例えば、航空会社でのチケット予約は、10年前は全て電話予約でしたよね。でも、今では少なくとも半数はオンラインからの予約になっています。さらに言うと、イギリスではガス料金の支払いもオンラインに変わりました。かつては、必ずポストに行く必要があったものがです。

現在では、多くの企業において、デジタルに関わらなくてはならない事業が全体の50%近くを締めるようになってきました。もちろん収益面においてもです。これにより、企業と顧客のタッチポイントが従来より増えて行っています。そうなると今まで行なっていた手法だけでは顧客理解が難しくなり、企業はより一層UXの重要性を考え、費用を割く必要が出てきました。事実、イギリスではそのような企業が増加しています。

ちなみに、先ほど話に出たガス会社は僕の会社(Clearleft)のクライアントなのですが、彼らはUXチームを成長させていて、その成熟度が彼らのビジネスにおいてキーポイントになってきています。」

山口「イギリスでは、ガス会社でさえもそのような状況なのですね。日本から見ると、かなり先進的に感じます。」

アンディ「そうですね。イギリスでは、UXデザインというのは10年前は目新しいものでしたが、今ではビジネスにおける手段のひとつとして浸透しています。競合との差別化というのは、いつの時代でも企業が持つ課題ですが、それを行うためにUXデザインを採用する企業が多くあります。

顧客は、いつだって良い実体験、良いオンライン体験を欲するものです。しかし、プロダクトやサービスというのは、“利用すること”が案外難しく、フラストレーションが溜まるものです。もし、使用感が快適でなければ顧客はそれを好きにはなれないですし、別の(企業の)プロダクトやサービスを使うようになるでしょう。ですので、企業側は快適で楽しささえ感じるようなものを作る必要があり、そこにはUXデザインが必要になってくるのです。」

山口「すでにイギリスでは、ビジネスの手段としてUXが根付き始めているんですね。そこと比較をすると、私たちはまだ入り口に立ったばかりのところかもしれないですね。

確かに、PR TIMESのサービスを中心に体験の輪が広がっています。企業の方々がステークホルダーに対して、どのようにコミュニケーションを取ったら良いのか、どのように体験を届けられるのか、という“体験”自体がサービスでシェアされています。それ自体、私たちにとっても学びになっています。

しかし、それは単純な“ノウハウ”ではないんです。ある企業で上手くいった体験が、そのまま別の企業でも効果を発揮するわけではありません。その企業だからこそできうることだったりします。でも徐々に、それらの成功体験がシェアされ「自分たちならどうしようか」というように、各自で考えて行動し始めています。他人の体験を、簡単に真似できませんが、私たちは多くの体験をシェアして学び高め合える場づくりが必要だと考えています。」

アンディ「素晴らしい気付きですね。間違いなく一人一人、一社一社の体験は違うものです。UXというものを明確に捉えていらっしゃいますね。」

UXの未来はこれから、言語化できない価値への追求

PR TIMES代表取締役 山口 拓己氏

山口「いえいえ、私たち自身も企業の方々がとられる行動や私たちを支持してくださる理由など、まだまだ分かっていないことがたくさんあります。

例えば、転職をされるたびにその転職先でもPR TIMESを契約してくださるお客様がいらっしゃいます。どのような理由で使い続けてくださるかをご本人に直接伺ったときにうまく言語化できなかったのです。

私としては、サービスには機能的価値と情緒的価値があると考えています。この情緒的なものを言語化するのは、容易ではありません。ですので、すぐには答えが出ませんが、私たちはそこを突き詰めて考えていく必要があると思っています。」

アンディ「そうですね。それはとても重要なことだと思います。

先ほどご紹介したガス会社にはUXのチームがあるのですが、そのチームが自分たちのサービスにおけるUXを可視化させていっています。そして、先ほども申し上げましたが、今では彼らの存在自体が会社の成長や成熟において必要なものになってきているのです。ぜひ、そのようなことにチャレンジしてみてください。」

山口「そうですね。実際のところ、そのほかにも課題はまだあります。

お客様の層が、大企業で広報を10年以上担当されている大変経験のある方から、今まさに会社を自ら立ち上げて自ら広報活動をしてという起業家の方まで、本当に幅広いんですね。多種多様なユーザーをカバーできていませんし、まだまだ、あらゆるタイプの方々が満足する体験は提供できてはいないと感じています。」

アンディ「そのような課題が明確に見えているのは、良いことですよ。あとは対策を講じていくだけですから。

イギリスではUXは10年ほどの歴史がありますが、今までのビジネス形態が50年、100年と続いていたことを考えると、実際はほんの一瞬の出来ことであるとも捉えられます。にもかかわらず、今やビジネスの50%近くがデジタルに関わるものになるという大きな変革を迎えています。

つまり、デジタルという新しい分野が成熟のレベルに達するためには、まだまだ多くの困難があります。多くの課題が発生するのは当たり前のことなのです。その課題を払拭するためにどこにフォーカスをするのか、が重要だと私は考えています。

その点では、御社は非常に良い視点を持たれていると思います。これからも、UXを積極的にビジネスに取り入れて行ってください。」

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