2018/03/16に実施された UX DAYS TOKYO 2018における Jim Kalbach
氏によるカンファレンス講演 「 JOBS TO BE DONE」価値創造の新しい発見方法のレポートです。
ジム・カルバック氏は、著書に「 Designing Web Navigation」、「 Mapping Experience
」があり、今回の講演では近年多くの注目を集めている「Jobs To Be Done」についてお話いただきました。
ディスラプションとは
英語のDisruptionには多くの意味がありますが、今回は、ビジネスで使われるディスラプションについて説明します。企業は成熟していくと組織のパフォーマンスが向上し、提供できる製品もパワーアップしていきます。初期段階のサービスや製品は最低限の機能を満たす物ですが、時間と共に改善が繰り返されます。
これを「継続的なイノベーション」と呼びます。この継続的なイノベーションを実践することにより企業は成長していきます。 そして、ある程度時間が経つとコストが掛けられハイエンドの製品・サービスが生み出されていきます。それに伴い製品の価格も向上していきます。
こうして、企業が大きくなり市場を席巻するうちに、ハイエンド商品の無駄やオーバースペックに目をつけた新規企業が参入してきます。彼らは価値の核となる部分に注力し、使いやすい最新の製品を提供します。この状態が「ディスラプション」です。
既存企業は新規参入企業の存在に気づきはしますが、彼らの製品は無視し、自社で製造した製品でそのまま勝負しようとします。
マーケットディスラプションの事例
企業が新しいテクノロジーを使用してローエンド製品(低性能・低価格な製品)を開発・改良した結果、既存のハイエンド製品(高性能・高価格な製品)に替わる製品を生み出す現象 |
以下に、新規参入企業によって市場のニーズが変化している事例を紹介します。
- 百科事典 → Wikipedia
- 書店 → Amazon
- CD → MP3
- フィルム写真 → デジタル写真
- 航空会社 → LCC
- レンタカー → カーシェアリング
- 電話 → VOIP (Skypeなど)
オンライン会議のアプリで考えてみる
VOIP(Voice Over Internet Protocol)のサービスであるGoToMeetingの事例について詳しく見ていきましょう。 2011年、GoToMeetingはHD映像でビデオ会議ができる機能をリリースしました。より高画質なビデオ会議が可能になり、価格も上昇していきました。
GoToMeetingは、低画質だが無料で通話のできるSkypeを「大学生が友達と話すためのローエンド製品であり、自分たち(GoToMeetingの製品)はプロ向けのハイエンド製品を作っている」と考え無視しました(競合と見なさなかった)。 しかし、市場においては高画質なビデオ会議は求めておらず、GoToMeetingの戦略は受け入れられなかったのです。一方Skypeは、同年の2011年にMicrosoftに買収されました。
MicrosoftはSkypeをベースにビジネス向けの戦略を組み込みました。この時初めてGoToMeetingは、Skypeと真っ向勝負することになったのです。
マーケットディスラプションはClayton Christensenが著書「イノベーションのジレンマ」に記した考えです。通常、企業は「成長したい」「製品・サービスのパフォーマンスを上げたい」「価格を上げたい」と考えます。
そこにディスラプションの隙が生まれるとクリステンセンは主張しています。また、 その後に出版した「イノベーションへの解」にて、『このようなディスラプションと闘うための鍵は、クライアントが本当に求めている物を見極めること(Jobs To Be Done)』であると述べています。 今回の例で言えば、画質は二の次で、とにかく安く簡単に会話することがクライアント(市場)の望むことであるとSkypeは見抜き、ディスラプションを起こしたのです。
JTBD(Jobs To Be Done)の持つ意味
JTBD(Jobs To Be Done)は、マーケットにおいて非常に重要な意味を持ちます。JTBDは顧客個人の目標であり、市場におけるニーズのこととも言えます。手段やテクノロジーのことではありません。時が経つにつれ、テクノロジーは変わりますが、顧客の目標は頻繁に変わるものではありません。
JTBDは、企業にとっての共通言語を提供します。この言語は重要なフレームワークになります。また、JTBDでは「なぜ人々はこのような振る舞いをするのか」というような因果関係を考えることが重要になります。 マーケティング調査では、年齢や年収、住んでいる場所などで顧客を分類しますが、これらの要素が行動を決めるわけではありません。「〜をしたい」という意図が行動に繋がるのです。
ディスラプションはビジネスのチャンス
人々が何をしたいかを見極め、それを満たすことでビジネスチャンスを手にすることができます。 デザイナーとして私達が行う仕事は、インタフェースのデザインやソリューション開発だけではありません。ビジネスの価値を理解しデザインに活かすことが、我々の使命です。
JTBD(Jobs To Be Done)の要素
JTBDは、顧客のニーズを見る時に5つの要素に分解できます。
- JOB Performer(who)
- Jobs(what)
- Process(how)
- Outcomes(why)
- Circumstances(when / where)
既存のフレームワークと違うのはWhatとWhyを分けているところです。デザイン思考やユーザー調査はこの2つをまとめて考えていますが、JTBDでは分けて考えます。
ジョブパフォーマー
BtoCの環境でいえば、中心人物は消費者です。BtoBの場合、マーケティングの対象はバイヤーとなります。バイヤーは消費者である場合もあります。 そのため、誰がどの立場で話をしているかを見極める必要があります。マネージャーや配置するスタッフも取引に関わってくることがあるでしょう。 このような関係をまとめた図をステークホルダーマップといいます。
JTBDではステークホルダーを全てマッピングする必要があり、その上でジョブパフォーマーを見極めていきます。よく誤解されるのが、JTBDに必ずしもペルソナが必要ではないことです。
しかし、使ってはいけないわけでもありません。JTBDではジョブパフォーマーを中心に考え、ペルソナが有効であれば使っても良いのです。
ジョブ
ジョブは、メインジョブとスモールジョブに分けられます。メインジョブとは何を達成しようとしているのか、という意図のことです。
ジョブとタスクは別物です。タスクはあくまで機能・技術を使って行うもの。ジョブは「こういう風にしたい」という意思であり、そのプロセスとなります。
ジョブにはヒエラルキーがあります。また、どこにフォーカスを当てているかによって、ジョブのレベルは多層化していきます。自分が見ているのは、ハイレベルなジョブかもしれないし、ローレベルなジョブかもしれません。ジョブのレベルを見極めることが重要になります。
プロセス
プロセスは、顧客が「どのように目的を達成するか」という過程のことです。 プロセスは、以下のフェーズに分けられます。
- 問題定義(Define)
- 発見(Locate)
- 準備(Prepare)
- 確認(Confirm)
- 実施(Execute)
- モニタリング(Monitor)
- 改善(Modify)
- まとめ(Conclude)
アウトカム
アウトカムは、成功しているかどうかを測る指標です。目標達成できたかの判断基準を得るために必要なのが、Desired Outcome Statementというテクニックです。 このテクニックを使用することで、それぞれのプロセス毎に、アウトカムを整理することができます。
サーカムスタンス
JTBDは、サーカムスタンス(環境・条件・状況)に大きく依存します。 これらの各要素をJTBD Canvasを使って整理してみました。
- Job Performer :カンファレンスに来たいと思っている人
- Main Job :カンファレンスに参加すること
- Circumstances :プロのためのカンファレンス / 初めての参加か、何度目なのか
- Process :事前に各カンファレンスの情報を集める / 出席するカンファレンスを決める / 計画を立てる / カンファレンスに参加し、学ぶ / ネットワーキング / シェアするなど
- Outcomes :カンファレンスの比較を行い、上司に許可をもらいたい / 移動時間・コストを最小化したい / 多くの人に会いたい
整理することで「何をしたいか」が細かく見えてきます。
簡単なフレームワークですが、市場を見てどこにチャンスがあるかを見極めることができます。人間中心の考え方でニーズや目標にフォーカスを当てています。
JTBD(Jobs To Be Done)で得られる価値創造
JTBDにより、デザイナーはユーザーのインサイトを知ることができます。デザイン特有の考え方ではなく、ビジネスの考えから出てきたもので、現在満たされていないJTBDを見つけることが成長のチャンスに繋がります。
JTBDによって最終的に得られるのは、価値の創造です。クライアントの目(レンズ)で価値を見つけること、市場から企業を見直すことで新たな価値を創出できます。 クライアントは、企業における様々な製品ラインを気にすることはありません。自分がやりたいことは、どの製品で実現できるかを見ています。そのため、その価値をどうすれば提供できるかを考えてください。価値を創造するためには、4つの段階があります。
- 価値の発見 (Discover)
- どの価値を目指すのかの定義 (Define)
- 価値のデザイン (Design)
- ソリューションの提供 (Deliver)
この4つの段階は1回で終えるものではなく、継続的に繰り返すことでビジネスの価値が創造されます。 無限に続くという意味がこのイラストに込められています。1、2の段階ではどんな価値を作るべきなのか、3、4の段階ではどうやって価値を作るのかを示しています。
JTBD(Jobs To Be Done)で使えるテクニック
メンタルモデル
JTBDに近いテクニックとして、メンタルモデルがあります。消費者が抱えている問題をマッピングするテクニックです。インディヤング(Indi Young)の「メンタルモデル」という書籍に詳しい手法が書かれています。
ユーザーの観察・インタビューを通してメンタルモデルダイアグラムを作ることで、デザイナーはユーザーのインサイトを集約することができます。 JTBDでは人々の仕事の仕方、会議の始め方を考えるのではなく、そもそも何のために会議をしようとするかという意図を明確にします。そこにテクノロジーがどのように寄与するのかを考えるのです。
価値付け
価値付けとは、市場のニーズがどこにあるのかを見極めることです。Outcome Driven Innovationというテクニックがあります。これは、以下のようなステートメントを作ることで整理できます。
ゴール、単位、目的、コンテキストを1文でまとめます。 ステートメントを多数作成し、一番重要なステートメントを見極めましょう。また、テクノロジーでそれを解決できる1番の方法は何かを考えましょう。
列挙されたステートメントを見ながら、重要度を確認します。また、現状の満足度をインタビューし、マッピングしていきます。Unmet Needsと呼ばれる、重要性が高く満足度が低い、グラフの右下にマッピングされるものが市場におけるチャンスです。
世代・性別・収入などではなく、「こういうことを達成したいけれど満足できていない」というインサイトを探しましょう。 このようにチャンスを見つけ、定義し、ソリューションを設計していきます。
ジョブストーリー
もう一つ紹介するのはジョブストーリーというテクニックです。
ユーザーストーリーに似ていますが、大きく違うのはJTBDのコンテキストに当てはめるということです。「いつ、なぜ、なにをしたい」というステートメントでジョブストーリーを書くと、デザインミーティングでどこにフォーカスするべきかをはっきりさせることができます。 左側に複数のジョブストーリーを記述し、右側にソリューションを書いていきましょう。
デザイナーは、デザインやブレインストーミングをしている間に、ソリューションを出そうとします。その際、元々解決しようとしている対象から、大きくズレてしまうことが良くあります。ジョブストーリーを常に参照し、そこからズレないようにしなければなりません。
価値の提供
価値を創造したら、それを市場に出さなければなりません。これはつまり、マーケティング言語のフレーミングをすること、また価値や製品を言葉で伝えることが必要になります。
先ほど例に出したGoToMeetingは2011年、HD映像のウェブカメラのソリューションを市場に出しました。「テクノロジーを中心にしたマーケティング」よりも「遠くにいる同僚と、より近くで話すように会議できる」というような「ユーザーが何をやりたいか」を訴えるべきでした。
つまり、会社としてHD化に大きな投資をしましたが、それより「人々は何を解決したいか」を中心にマーケティングすべきだったのです。他の例として、オンラインホワイトボードサービスMuralのヘルプページは、JTBDのスキームで書かれています。
JTBDは、ビジネスにおける全ての問題に適用できる方法論です。マーケティングやセールなどビジネスの一部分に適用されるわけではありません。JTBDはビジネスから生まれた考え方であり、企業全体で共有することもできます。 Intuitの創業者Scott Cookの言葉でこんなものがあります。
会計ソフトの最大のライバルは競合ソフトウェアではなく、鉛筆である
確定申告の際は、多くの書類や計算が必要になります。それらは鉛筆があれば解決できます。つまり、新しくもたらされるソフトウェアは、鉛筆より簡単にユーザーの課題を解決できなければなりません。このスライドは、JTBDの考え方を如実に表しています。