この記事は、UX DAYS TOKYO 2017で開催されたメリッサ・ペリ(Melissa Perri)氏の講演レポートです。正しいMVPと顧客の学習をテーマに行われました。
実用最小限の製品=MVP(Minimum viable product)について、Eric Riesの書籍からヒントをもらいました。私はこの書籍が発売された頃、プロダクトマネージャとして働いていましたが、顧客にもプロダクトを満足してもらえず、一生懸命作ったMVPがほとんど利用されない、何も変わらないことにイライラしていました。
MVP(実用最小限の製品)への誤解
私は、当時マーサ・スチュアート、ボビィ・フライなどの有名人が商品を紹介するECサイトを運用していました。クライアントから「TwitterをECサイトに埋め込んでほしい」という依頼をもらい、すぐには賛同できなかったので書籍で知った簡単なテストをしてみることにしました。
テストのための工数の見積もりをとったところ、2ヶ月ほどで$75,000かかると言われました。一方で1人が1週間でテストする提案も行い、後者が採用されました。ところが、テストしてみたところ、全く商品の売り上げには繋がらなかったのです。
2週間後、CVRを3倍に上げる施策として「有名人がどのように商品を使っているか」などを紹介するEメールを送るテストを実施し、こちらは成果に繋がりました。2つのテストはMVPのメソッドに沿って行ったのでコンパクトに実験し、大きな無駄を回避しつつ、施策の効果を測定することが出来ました。
数ヶ月後、別のクライアントに対してMVPを提案をしたところ、「MVPというのは何でも良いからとりあえず出してみよう」というようなメソッドで今まで築き上げてきたサービスやブランドに悪影響があるのではないか、という誤解を受け拒絶されてしまいました。
「とにかく最初にリリースするもの、最低限でもリリースすることをMVPというのだ」という印象を持ち、深く理解しないまま、とにかくなんでもMVPでやってみようとする。MVPを盲目的に大好きな人もいるようです。これらの過程ではテストもされず、学習もなく「リリースすること」が目的になってしまい、MVPの本来の意義は失われてしまっています。
“MVP” と言う言葉が一人歩きしバズワード化したことで、このようにひどい誤解が広まってしまったのでしょう。
そこで、本来のMVPの言葉の由来について調べてみました。
“MVP”とは、2001年にSyncDevのCEO Frank Robinson氏によって世に出された言葉のようです。
ここでは、MVPは提供者にとっても消費者にとってもリスクに対するリターンを最大化するものだとされている。
2009年にEric Riesが、2010年にSteve Blankが、2013年に再度Stive Blankが、2016年にJim Brinkmanがそれぞれ言及しています。
この図から分かるように、時が経つにつれ、”MVP”の言葉の意味が変わってきているようです。2001年から今までソフトウエアが進化し製品構築の方法も変わってきました。開発の過程でテストの優先度が下がり、小規模なリリースと学びに比重が傾いてきていることで、MVPの意味も進化してきました。
MVPという言葉にこだわるのをやめましょう!
MVPの意味は変わってきていても、ゴールは2001年から変わっていません。
MVPの本来の意図とは?
MVPが持つ本来の意図に戻りましょう。ユーザーが必要としているもの、欲しているもの、本当に価値があるものは何なのかを考え、学ぶことにフォーカスしましょう。ということです。
プロダクトのスタートでは、以下の5つの問題について調査を行うと良いです。これらの5つの点を元に実験を行います。
- ユーザーの抱えている問題
- ユーザーの望む結果
- 今そのために何をしているのか
- 何を使っているのか
- どこで必要なのか
ソフトウエアを開発する際によく間違えられるのは、求められるもの、解決の手段が何なのか、前掲の5つを元に調査しないで、最初から「○○○を作ろうとする」ことです。
そのために機能や画面のワイヤフレームを考えます。
未知への不安から実験はしばしば嫌われるが、PixarのEdwin Catmull氏が強調するように実験はできる限りたくさん行うとよいでしょう。開発のための予算や時間を消費することにはなりますが、思い込みに基づいて不要なものを作ってしまうリスクは回避できます。
MVPには大きく2つの段階があります。
- 問題-解決フィット
- マーケットフィット
問題-解決フィットを飛ばして、いきなりマーケットフィットの検討に取り組んでしまうことが多く、ほとんどのMVPが上手くいかない理由はここにあると言えます。
MVPの段階1 問題- 解決フィットの重要性
問題が本当に存在するのか、商品が本当に市場に求められるのかを最初に考えるとわかりやすいです。NYの食材とレシピをセットにして販売する、スタートアップの事例は、スーパーに行く時間が無い、夕食に何を作ろうか迷ってしまう人たちがターゲットです。
マーケティング・UX・プロダクトマネージャにインタビューすると、「サービスの価格が高い」「写真の魅力が無い」「ブランディングに統一感がない」「ギフトを出すべき」「フリーのトライアルを実施すべき」など様々な問題点が出てきます。しかし、本当の問題「なぜ、既存(ユーザー)はこのサービスに登録しているのか/それ以外の人々が登録しないのか」という視点は出てきませんでした。
調査をすると、登録フォームの住所入力段での離脱が目立つことが分かりました。そこで、登録フォームのCVRを上げることを考えました。離脱した人は連絡先が分からないので、インタビューする方法がありません。そのため、ユーザが離脱したタイミングで質問のダイアログを出すようにしました。
「あなたが今ユーザ登録を辞めた理由は、何ですか?」
「あなたが今ユーザ登録を辞めた理由は、何ですか?」こんな質問に誰も答えないのではないかと思われましたが、実際やってみると1日100件を超えるフィードバックが集まりました。分析してみると、解決するべき本当の問題が見えてきました。
回答の中で特に割合が高かったのは、以下2点です。
- ページ上でメニューが見つからない
- 箱の中に何が入って届くのかが分からない
この2点に絞って、Webのナビゲーションの改善やFAQの新設などの解決方法を考えました。今までは、Webの美観にこだわっていました。ですが、ユーザビリティを阻害し必要なコンテンツが不足しているという改善点が見えてきたので、メニューをわかりやすい場所に付けるなど問題点に1つずつ対処し、短期間でCVRを上げることができました。
- 実験は簡単に行う (“簡単な実験をしろ”ということではありません。“正しい実験を小さく行い、繰り返す”ということです。)
- 決済者にテストを行う必要性を納得させること
この2点がとても重要です。
10年戦略の計画を1年かけて考える (その1年の間にも人々の好みは変わります、まして10年後は・・)というような間違いを多くの企業が犯しています。ですが、細かい実験を繰り返すことでその過ちを回避し、大きな課題を実行可能な小さく、短期的な目標にブレイクダウンすることができます。
ブレイクダウンすることで「何が分からないか」が明確になり、よりよい意思決定が出来るようになります。そのためには、Mike Roser氏、Bill Costantino氏によってドキュメント化されたUnified Theoryが有用です
現在の状態、目前の目標、長期的なビジョンに分けて把握し、施策を考えるとよいでしょう。それらのインタラクションでの行動をデザインするのが、私たちの仕事です。一方、知識にも限界があるので実験を通して知識の境界を広げ、目標を達成し、次の目標を目指すことを繰り返します。
このように、実験をベースに製品戦略を考える上で、チームで共有すべきメソッドを“Product Kata”としてまとめました。(注意:Product Kataの詳細は、このレポートには記載されていません。)
革新的なアイデア?を取り込む方法
企業では、製品開発リーダーがレール(進むべき方向)やガードレール(レールから大きく外れてしまわない様にする)を適切に設定することが必要です。そして、一番短い期間でゴールに到達する方法を探す必要があります。 では、MVPは細かい改善を繰り返すものであるとすれば、Big idea(革新的なアイデア)にはどのタイミングで取り組んだらよいでしょう?
HiFlyの事例
ポルトガルにあるHiFlyは、航空会社に航空機を貸し出すサービスを行っています。航空会社は新規路線を開発する際、需要・採算の調査するときに小規模に飛行機を飛ばすことができます。
新規路線を開拓したいときに(航空機を買わずとも)ローコストで実際に飛行機を飛ばしてみることで、乗客の反応をテストできます。試験的に航空機を追加で購入して試してみる予算は難しいですが、これなら試すことが出来きます。これこそ航空会社のMVPといえます。
Airbnbの事例
N.Y.ではアパートを買う人も借りる人も少ないので、常に在庫過多の状態です。なぜ、だれも購入しないし借りないのでしょうか。実際に見てみると、掲載されている写真がよくないようです。
とても住みたい・泊まりたいと思える写真ではありません。そこで、写真を魅力的にした方が宿泊予約が増えるか、ABテストを行ったら写真が魅力的な方を掲載すると予約がずっと増えました。
写真が重要であることがわかり、フォトグラファープログラム(プロのカメラマンが無料で物件の写真を撮って掲載してくれるサービス)を導入したところ、予約件数が増えました。魅力的な写真が予約件数に直結するという結果が出ていたため、自信を持ってフォトグラファープログラムに投資することができました。
Amazon Echoの事例
Siriは音声も含めてロボットみたいなので、ユーザは会話が弾まないのではないでしょうか?
これが人間らしい音(声)、口調だったらもっとユーザーは会話をしてくれるのではないでしょうか?
人間が話す(中の人になる)ことでいろいろな質問や口調、声での会話を試して、ユーザが心地よく会話の進む話し方を見つけました。
人間のように話すデバイスの開発に成功し、マーケティング的にも爆発的に成功しています。これらの例は、適切な製品を作っているのか(価値を創出しているか)を確認しながら進めることの重要性をつまびやかにしています。
MVPが照らす道
私たちは、価値を交換するコミュニティを作ろうとしています。
私たちに必要なのは、実験し、どうやったらビジネスを変えることが出来るのかを理解することです。明確なリーダーシップとカオスの間に私たちはいます。実験をするということは、答えの分からないことを始めることなのでとても怖いことです。実験を行わなければ、そのような不安に襲われることはありません。
しかし、プロジェクトを進める上では、答えを模索しなくてはなりません。つまり、その不安を打破しなくてはいけないのです。特に、デザインの分野は、答えを見つけることが困難です。
「ブランドを壊してしまうので、実験は出来ません」という人もいますがそれは逆です。
Apple以外の99%の企業は実験を通しているからこそ、ブランドを守ることができるのです。時間は、大変限られています。人々が望んでいるのは、「そのときに」望んでいるものです。
心は変わりやすく、遅延には代償が伴います。実験することで、精度の高い意思決定が素早く出来ます。
製品を出すことがゴールではありません。ユーザに求められる製品にするための改善が必要です。そのためには、ユーザのストーリーを知り、どういった価値を提供するかを常に考える必要があります。