
エンジニアスタッフのかじしまさちこです。
「集中したいのに、気づくとスマホを手に取っている」 そんな経験はないでしょうか。私はしょっちゅうあります。これまでは「自分の意志が弱いせいだ」と悩みつつも、その根本的な原因を深く考えたことはありませんでした。
2026年3月13日に開催された『ネット・バカ』の読書会に参加し、その正体が見えてきました。本書が教えてくれたのは、「集中できないのは、あなたのせいではなく、道具(メディア)によって脳の構造が変わってしまったから」という衝撃的な事実でした。
結論:道具に影響される自覚を持ち、能力を「守る」意識を
今回の読書会を通じて得た最大の気づきは、以下の3点です。
- ネットは「内容」だけでなく「脳の使いかた」そのものを変える
- 私たちの脳は、環境に合わせて数日で変化(可塑性)してしまう
- 失いたくない能力(集中力・思考力)は、意識的に鍛え直す必要がある
便利さに流されるのではなく、道具との付き合い方を自ら選ぶこと。それが、情報過多の時代に自分を保つ唯一の方法だと実感しました。
ネットは「情報」ではなく「思考」を変える
著者の
本書の冒頭では、「メディアはメッセージである」というマーシャル・マクルーハンの言葉が引用されていました。
私たちはつい「ネットに何が書かれているか(内容)」に注目しがちです。しかし本当に重要なのは、「どのメディアでその情報に触れているか」そのものです。なぜなら、メディアという道具そのものが、私たちの脳の使い方を根本から作り変えてしまうからです。
「深い読書」を阻む、分断された思考
「長い文章を読むのがつらい」「途中で別のことを調べたくなる」こうした感覚に心当たりはありませんか?

ネットは検索やリンクによって、一瞬で次の情報にたどり着ける利便性を持っています。しかしその一方で、私たちの「考え続ける時間」を細かく分断してしまうという側面があります。
結果として、私たちは「じっくり読む」「深く考える」ことよりも、「ざっと見る」「つまみ食いする」という情報の扱い方に最適化されていきます。本書では、この次々と流れ込む情報を処理し続ける状態を「ジャグラー(玉回し)の脳」と表現しています。

注意が分散し、思考が途切れるたびに、脳は「切り替えコスト」を支払い、疲弊していきます。それでもネットを離れられないのは、「何かを見逃しているのではないか」という不安に脳が支配されているからなのです。
脳はわずか「5日間」で作り変えられる
驚くべきことに、脳には「可塑性(かそせい)」があり、成人の脳であっても使い方次第で変化し続けます。

本書で紹介されていた研究によれば、ネット検索を繰り返すだけで、わずか数日で脳の活動パターンが変わってしまうといいます。つまり、私たちは自分が思っている以上に、環境によって「脳の回路」を書き換えられているのです。

SNSやショート動画をなんとなく見続け、内容は覚えていないのに疲労感だけが残る。私自身が感じていたあの違和感は、まさに自分の脳が「ジャグラーの脳」に変質していた証拠でした。
メディアは常に「何かを奪い、何かを与える」
ただし、本書はインターネットを一方的に否定しているわけではありません。歴史を振り返れば、文字の発明、印刷技術、テレビなど、新しいメディアが登場するたびに人間は変化してきました。

例えばソクラテスは、文字の普及によって「記憶力が衰える」と懸念しました。しかし実際には、記憶の負担が減ったことで、人間は「比較」や「分析」といったより高度な思考を発展させることができたのです。
メディアは常に「何かを奪い、何かを与える」存在で、私たちが「道具に使われていることに無自覚であること」に問題があります。
結論:あえて「集中できる環境」を取り戻す
集中力や思考力は、使わなければ衰える筋肉と同じです。ネットやAIが便利な時代だからこそ、「失いたくない力は、自分で守る」という強い意識が必要だと思いました。
読書会の後、私は飛行機に乗る機会がありました。あえて機内Wi-Fiを使わず、スマホを置いて「紙の本」を読んでみたのです。
最初は落ち着かなかったものの、次第に本の世界へ深く入り込んでいく感覚が戻ってきました。その時、確信しました。「集中力がなくなったのではなく、集中できない環境に慣れすぎていただけだった」のだと。
情報があふれる時代だからこそ、「深く考える力」の価値は高まっていると思います。その力は、意識すれば必ず取り戻せます。便利さに流されず、自分の脳をどう使いたいか。それを自ら選び、鍛え続けていこうと決意した読書会でした。


