*ワークショップに参加され、ペルソナ法の基本について理解されている方向けに、クリス・ノッセルが記載した記事の翻訳です。
思考スタンス「意志的スタンス」とは?
クーパー(Cooper)が編み出した「ペルソナ法」は、事実上、世界中で利用されるインタラクションデザインのツールの一つとなりました。多くの方は、ペルソナの基本的な概念をご存知でしょう。
ペルソナは、直接的なユーザー調査から得られたユーザーの顕著な特徴を、理解したり覚えたり議論したりしやすいよう、人(ユーザー)を具現化する手法です。
私はクーパー社で10年以上に渡りデザインの教育や文章作成のためのツールとしてペルソナを活用してきました。活用しているからこそ強く確信していることがあります。それは、ペルソナ法は調査を具体化し、覚えたり使ったりするのが簡単ということです。
そして、ペルソナが役立つ理由がもう1つあります。それは心理的な要素です。心理的要素も、ペルソナを理解する上で重要な要素で、デザインに関する問題への考え方を根本的に変えてくれます。
ペルソナは、デベロッパー、プロダクトオーナー/マネージャー、ビジネス・ストラテジスト、コンテンツ・ストラテジストなどの制作サイドの者にとって、自分が存在する世界に対する考え方を変え、良い結果をもたらします。その理由の解説には少し哲学的な考えが必要になります。
哲学者Daniel Dennett(ダニエル・デネット)氏によれば、自分の住む世界に対する人間のスタンスというのは、「物理的スタンス」「デザイン的スタンス」「意志的スタンス」の3種類あり、そのうち、どのスタンスを取るかによって、世界に対する考え方が変わると言います。
物理的スタンス
「物理的スタンス」は物理的感覚を元に、ものごとを予測します。例えば、「火に砂をかけたらどうなるだろう?」といった疑問が生じた時などです。
デザイン的スタンス
「デザイン的スタンス」は、人間が直感的感じたことをそのままデザインにしようとするスタンスです。
例えば、新しい道具を手に取り「これを作った人は、この道具がどう使われることを意図したのだろう?」といった疑問を持った場合のスタンスです。
意志的スタンス
「意志的スタンス」は、通常使われる脳とは別の部位を使って、意志をもつ存在 (植物、動物、人など) がそれぞれの願望によってどのように行動するかを予測します。
例えば、トラのいる洞窟でアヒルを見つけた時、トラは追いかけるであろうと行動を予測するような時に人は意志的なスタンスを取っています。
UXデザインする時のスタンス
人はデザインをする時、何が役立ち、何が無駄なのか、何が自分のペルソナを目標達成に導いてくれるのかという思考の元、一連の行動を最適化しようとします。
そして、それらをデザインする(考える)時、上で説明した「物理的スタンス」「意志的スタンス」「デザイン的スタンス」の3つの思考スタンスのいずれかを使っています。
では、デザインしている時は、どのスタンスでしょう?
利用者の行動が厳格で緻密にそして物理的法則に基づいていると考える人はいません。つまり、「物理的スタンス」でデザインを考えるスタンスを取る人はいないでしょう。では、残りの2つのスタンスはどうでしょう?
私が考えるには、UXデザインをしている時のスタンスも「デザイン的スタンス」に陥りがちということです。しかし「デザイン的スタンス」は間違っています。
「デザイン的スタンス」では、目的によって道具が替えられます。
ペルソナが違うことは、あなたが扱うのがハンマーではなく、利用者(ユーザー)の感覚に対するデザインだということです。
チームに都合の良い柔軟なペルソナが誕生してしまう
これによる問題が、チームでの議論で生まれる「柔軟な利用者(ペルソナ)」です。
利用者の性質のうち、自分たちの関心に適する部分だけを都合よく組み合わせてしまいます。この考えでは、自分たちの製品を使ってくれる利用者よりも、自分たち自身や組織を優先しています。当然、利用者が製品やサービスを愛してくれるはずがありません。
デザインにおける適切なスタンスは「意志的スタンス」です。なぜなら、意志的スタンスは利用者の目標を常に尊重するからです。私たちは、できる限り利用者の役に立つデザインを提供する必要があります。そうしなければ、利用者の行動は変化し、競争相手に利用者を奪われてしまいます。
この考えは哲学の世界だけだと思われるかもしれませんが、グラスゴーカレドニアン大学やマサチューセッツ工科大学となど多くの大学で実施された実験では、実際にそれぞれのスタンスによって使われる脳の部位が異なることが明らかになっています。それらを記録した脳の機能画像もあります。このことから、単なる哲学や常識ではなく神経化学的事実と言えます。
(学術的な参考資料は、下記リンクから)
スタンスの理解ができればペルソナの名前のこだわりも理解できる
もう1つのペルソナの利点や機能を理解すれば、私が若いインタラクションデザイナーや学生に教えようとしている少し変わったガイドラインを深く理解できるでしょう。
私たちが、設定するペルソナの名前に「キャシー・コンシューマー(日本語の例、清潔 純子)」や「アダム・アナリスト(日本語例:泥沼 亀之助」といった名前をつけない理由は何でしょう?
それは、現実世界にそんな名前の人はいないからです。この名前が、本物の人間ではなく作り上げられたモノであることは明らかです。
この様な架空の名前が使われているチームでは、事実や実際の利用者を歪めたり無視したりするデザイン的スタンスがとられてしまいます。ですので、現実世界にある名前が良いのです。非現実的であったり、しっくりこなかったり、発音しづらいものは避けるべきです。ペルソナの名前を本物の人間のように名づければ、意志的スタンスが促進されます。
同じような理由から、私たちはペルソナに大きな写真を割り当てますが、モデルのような見た目の写真は選びません。また、プロジェクトによっては、ペルソナに学歴や技能、同僚、家族といった背景も設定します。ペルソナを最初に紹介する段階で紹介スライドに載せた情報を、いつまでも強調することは避けますし、ひとたびペルソナを作り上げた後は、彼らを本当の人間のように扱います。
私たちは、同じ目標を達成する責務をもつチーム全体の、生活の感覚や生きた意志性を引き出したいのです。これによって、不誠実なデザインや開発のプロセスを生み出しうるデザインの決定を避け、常に利用者の目標を最優先に考慮するスタンスを取ることができるのです。これが、ペルソナが役立つもう1つの理由です。
Gallagher氏とFrith氏の機能イメージング実験について詳しく知りたい方は、以下をご覧ください。Gallagher、Helen L.、Christopher D. Frith「Functional Imaging of ‘theory of Mind’」。Learning Development and Resource Center。Trends in Cognitive Sciences、2003.2,2012.7.16
出典
The other reason personas work: The Intentional Stance
http://www.cooper.com/journal/2012/07/the-other-reason-personas-work-the-intentional-stance