元記事の公開日:2024年8月19日
「UXにはもっとリサーチが必要だ」と言う人が多いですが、私は20年以上UXの現場にいて、自分の理想とする量のリサーチを継続的に行っている組織に出会ったことがありません。
しかし、自ら時間と労力をかけてリサーチの仕組みを整えたとき、チームは初めて理想的なスピードで、そして自信を持って革新を進められるようになりました。
この記事では、AIプロジェクトを成功へ導くための「ユーザーリサーチを継続的に行うための実践的な方法」を紹介します。
「ブルーオーシャンだからリサーチはいらない」は誤解です
まず、リサーチにおける誤解を解いておきましょう。多くの人は「レッドオーシャンでは競争が激しいからリサーチが必要。でもブルーオーシャンでは競合がいないからリサーチは不要」と考えがちです。実際はその逆です。まだ顧客が新しい価値を理解していないブルーオーシャンこそ、リサーチが欠かせません。
よく引用されるヘンリー・フォードの言葉に「もし顧客に何が欲しいかを聞いたら、『もっと速い馬がほしい』と言っただろう」というものがあります。
しかしフォードは、顧客の本当のニーズ——「排泄物をまき散らさず、より速く効率的に移動したい」という願い——を正しく見抜きました。
AIも同じです。AIは学習を通じて進化する存在であり、従来の技術革新とは異なる新しい次元を開きます。だからこそ、AIプロジェクトには「リサーチを減らす」のではなく「リサーチを増やす」必要があるのです。
AI時代に必要なリサーチのやり方
スティーブ・ジョブズは「人々は自分が何を望んでいるかを、見せてもらうまで気づかない」と言いました。
AIのように未知の領域を扱うとき、従来のアンケート(シンセティックユーザー調査、ユーザビリティテスト、ペルソナ、アンケート調査、NPS……)やフォーカスグループだけでは不十分です。
これからのAIプロジェクトでは、次のような方法を重視しましょう。
- プロトタイプを使った迅速なRITEスタディ
- 顧客と共創するワークショップ共創演習
- エスノグラフィー(現場観察)
- ビジョンプロトタイピング
- データサイエンティストとの「Art of the Possible(理想や不可能を追求するのではなく、現実的に実行可能なことから最善の結果を得るための技術や、そのような現実主義的なアプローチ)」研究
ステップ1:理想の顧客と月1回は会う
私の経験から、顧客とのコミュニケーションは月に一度行うのが最も効果的です。この頻度であれば、新しいプロトタイプを準備するための十分な時間を確保できるだけでなく、会話を新鮮で興味深いものに保てます。また、顧客に過度な負担をかけることも避けられます。月次ミーティングを基準とした場合、週に8回の顧客との対話を維持するには、最低でも32人(8回×4週)の顧客が必要となります。
32人という人数は、一見すると多く感じられるかもしれません。短期間で達成できるものではないものの、本気で取り組み、着実に努力を積み重ねれば、ゼロからのスタートでもわずか3〜4か月で目標を達成できます。
達成の鍵となるのが「リサーチアシスタント」の存在です。この役割の人は、顧客の事前スクリーニング、顧客との会話の設定および維持、記録の更新、ミーティングの確認、顧客が参加できない場合のキャンセルや再スケジュール対応、さらにプログラム内での顧客の追加や削除といった業務を置くことで、プログラムが安定して運営できます。
この役割を軽視してはいけません。地味に見えても、リサーチの継続を支える重要な仕事です。
ステップ2:「理想の顧客」を定義する
「最も理想的な顧客」の定義は、時間の経過とともに変化するものです。しかし、まずはどこかから着手する必要があります。初めのステップとして、不満を最も頻繁に口にする顧客に焦点を当てるのが効果的です。彼らの声に真摯に耳を傾けることで、対話の機会を得られる可能性が高まります。30分ほどじっくり話を聞き、その内容を詳細に記録してください。その後、先進的なプロトタイプを提供し、率直で飾らないフィードバックを受け取ることで、次の改善につなげることができるでしょう。
顧客が自分が大切に扱われていると感じることで、再度利用してくれる確率が上がります。そのため、長期的に忠実な顧客との関係を築ける可能性が非常に高まります。
得られた知見は必ずクロスファンクショナルチームに報告し、その反応を顧客のカスタマーサクセスマネージャー(CSM)と共有してください。不満を吐き出してもらうことは有意義ですが、顧客はそのフィードバックが実際に活用されていることを確認したいと思っています。CSMやPMと緊密に連携し、顧客の要望の進捗状況をどのように伝えるかについて合意を形成しましょう。
最初に「全てのリクエストに応えることができるわけではない」と明確に伝える必要があります。誠実にコミュニケーションを図る一方で、顧客のフィードバックがどのようにプロダクトに反映されているのかを示すことも重要です。そうしないと、顧客は興味を失い、最初以上に不満を抱き、最悪の場合、プロダクトから離れてしまう恐れがあります。バランスが重要ですが、多くの人は、自分の懸念に真剣に耳を傾けてくれれば、ポジティブに反応してくれるものです。ですので、まずは「聞くこと」から始めるのが良いでしょう。それが双方にとっての利益となります。
時間の経過とともに、ビジネス部門や営業部門と連携し、自社にとって最適な顧客、いわゆる「スイートスポット」を特定し、その顧客との関係を積極的に構築してください。そのためにはリーダーシップの支援が欠かせません。組織全体が共通の目標に向かって進むことが重要です。長期的な成功を実現する鍵は、綿密なリサーチの確立にあります。営業部門やアカウントエグゼクティブのリーダーとの協力を円滑に進めるために、経営層のリーダーシップを最大限活用してください。
最初のリサーチコールで口頭の同意を得たら、積極的に次のアクションに移りましょう。リクルーティングやスケジュール調整は専任のリサーチアシスタントに任せること。チームの複数メンバーが同時に顧客へ連絡するのは避けてください。
ステップ3:喉が渇く前に井戸を掘る
リサーチプログラムは、顧客だけでなく社内メンバーも巻き込みましょう。営業担当者、サポート、エンジニア、フィールドCTOなど、現場のリアルな声を取り入れることが重要です。
急いで設計・テストしなければならない場合、内部顧客が最も頼りになります。事前に関係を構築・維持していれば、内部の関係者と短時間で3〜5回の打ち合わせを行うことができます。
外部顧客32人を補完する形で、内部顧客20〜25人と月次定例ミーティングも必要です。
(注:これらの内部顧客と専用の定期コールループを作れない場合は、既存のチームシンクや定例会議の時間を一部もらう方法でも良いです。)
ステップ4:パネル参加者を深く理解する
専任のリサーチコーディネーターは、パネル参加者を深く理解するために十分な時間を割き、外部顧客32名および内部顧客20〜25名に関する重要な情報を体系的に記録する責任があります。
その記録には、役職、会社名、チーム規模、勤務時間、購入製品、システム利用頻度、家庭環境などが含まれます。また、相手の名前を正確に発音できるようにすることも欠かせません。前回のミーティングで各顧客に提示した内容を、より詳細に記録しておきます。
ここで対象となるのは、最大でも50人程度の参加者やモニターグループに過ぎません。そのため、GoogleスプレッドシートやExcelといったツールで十分に対応可能です。
ステップ5:正しいプロセスを整える
リサーチの成果として「正しいプロダクト(Product)」を得たいなら、リサーチパネルに「正しい人(People)」を揃えるだけでなく、「正しいプロセス(Process)」も不可欠です(これは「3Pの原則」と呼ばれます)。以下に一例を示します。
毎週月曜の朝に10〜15分の「リサーチスタンドアップミーティング」を行いましょう。
誰がどの顧客に会うのか、どんなテーマを扱うのかを確認し、同じ内容を繰り返さないようにします。
この小さな積み重ねが、継続的な改善と学びを生み出します。
スタンドアップミーティングの場で、顧客ごとの簡単なアジェンダを作成します。典型的な計画は次のようになります。
月曜午前:
- George Stephanolopis(ジョージ・ステファノロピス)、ACME社、DevOps
- サリー:プロジェクトY ドロップダウン vs. オートコンプリート(15分)
- サム:プロジェクトZ 完全レポートワークフロー(30分)【緊急】
- グレッグ:AI駆動ビジョンの議論(15分)【任意】
月曜午後:
- Stephanie Logan(ステファニー・ローガン)、LevelUp社、セキュリティスペシャリスト
- キム:プロジェクトX 再設計(40分)
- サム:プロジェクトZ 完全レポートワークフロー(20分)【緊急】
火曜以降:同様に続く
毎週のプロジェクトチームミーティングを開催し、得られた知見やデザインの改善点、次のステップについて具体的に共有します。
注意:テスト用のデザインが用意されていなくても、顧客との電話やミーティングは必ず行わなければなりません。 テスト用のデザイン用意されていない場合には、顧客に聞くべき質問のリストを準備しておきます。
例えば:「最近の失敗したことにをお話しいただけますか?その原因をどのように解明し、どのように修正したのかを示していただけますか?」(詳細は後述のステップ7を参照してください。)
ステップ6:全員がリサーチできるチームをつくる
AI時代のUXチームでは、デザイナーもリサーチャーも役割を分けすぎないほうが良いです。
全員がユーザーに直接触れ、デザインに反映できるようにすることが重要です。
私が関わったある小売企業では、リサーチ中に顧客が新しいアイデアを生み出し、それが特許取得につながったこともありました。
その瞬間に立ち会えなかったデザイナーは後悔しました。
創造の瞬間に「そこにいること」が、何よりも大切なのです。
ある小売企業の特許になった会議の話
私が関わったFortune誌に掲載されたFortune100の小売業者のエピソードを紹介しましょう。
リサーチセッションで、顧客からデザイン変更に強い拒否反応が明らかになりました。それを受けて顧客と協力して画期的な代替案を生み出しました。
この新しいアイデアは顧客のワークフローに完璧に適合し、さらに特許取得の可能性を秘めた革新的な価値を会社にもたらすことができました!私は興奮とインスピレーションに満ちた気持ちでリサーチラボを出て、この驚くべき成功につながった活発なアイデア交換をチームで話し合おうとしました。
しかし、なんと私のデザイナーはセッションに出席せず、代わりに無料のベーグルを食べに行っていたのです。……それは絶対にダメです。
一方通行の道路でミラー越しに後ろを見ることと、その現場にいることは全く違います。創造の瞬間は稀であり、神々からの貴重な贈り物です。時折、我々凡人に降りてくるインスピレーションの雫は、知恵の蜜、すなわち北欧神話で語られる「クヴァシル(北欧神話の知恵の神)の血から醸造された神聖な蜂蜜酒」なのです(これは私が最も好きなバイキングの物語の一つです。ぜひ調べてみてください)。
だからこそ:そこに居合わせなさい。今この瞬間に存在しなさい。インスピレーションを受け取る準備をしておきなさい。……そうでなければ、永遠に凡庸さに縛られる覚悟をしてください。
ステップ7:柔軟性を保て
ステップ5(正しいプロセスを整える)で述べたように、常に俊敏かつ柔軟であり、新しい気づきに敏感でいましょう。
特に差し迫った課題がなければ、興味深いテーマを深掘りしても構いません。すでに継続的なユーザーリサーチを実施しているのですから、1〜2回のセッションを自由に使っても問題ありません。各セッションは終わりではなく、顧客との継続的な関係の一部に過ぎないからです。
新しいデザインを提示するものがない場合は、顧客に「今週はどのような成果がありましたか」と尋ねてみましょう。彼らがプロダクトを活用してどのように課題を解決し、価値を創出したのかを実際に見せてもらうのです。
どの部分に苦労したのか、どの機能を最も有用だと感じたのかを掘り下げて聞き出しましょう。デモンストレーションを依頼し、鋭い観察を行いながら適切な質問を投げかけ、共にアイデアを練り上げるのです。このプロセスは高度な技術を必要とするものではありませんが、効果的に実施するには時間と練習が求められます。(参考:https://sensible.com/rocket-surgery-made-easy/)
予定が競合してしまった場合は、チーム全員で代替リサーチを円滑に進められるよう、事前に準備を整えましょう。空いているデザイナーやリサーチャーは可能な限りすべてのセッションに参加し、質問やデザイン案を積極的に持ち寄れる体制を構築してください。また、プロダクトマネージャーや開発リードも招待し、チーム全体で協力できる環境を作りましょう。リサーチコーディネーターは進行役として全体を統括し、予期せぬ事態に備えて必ず代替案(プランB)を用意しておくことが重要です。
顧客がセッションを終える際には、「興味を引かれる発見があった」または「自身の利用方法を示し、フィードバックを伝えることができた」と実感できる状態を必ず提供してください。
まとめ
Deep Researchなどの便利なツールがありますが、データを取得するだけでは意味がありません。プロダクトに役立つリサーチは、チーム全員でリサーチ文化を育て、顧客とともに成長する仕組みをつくることです。
AIのブルーオーシャンを切り開くために必要なのは「直感」ではなく「継続的で正しいリサーチ」が大切です。これこそが、AI時代の本当の競争力になります。

