UXの書籍が増え、情報が手に入りやすくなる一方で、「本で読めばわかる」という表現が多くなり、「言葉は知っています」という言葉が頻繁に耳にされる状況が多くなりました。このような状況から生まれる問題点は、理解しているつもりでも、実際には理解が足りない可能性があることです。
これはとても問題です。というのも、本人は知っている、できていると思いこんでいるけれど、本当はできていないからです。
この考え方では学びを得る思考ではありません。なぜなら、書籍は先人の経験や思考を理解することはできても、できるようになるのは、本人の実体験が必要だからです。
知っていることとできることは違います。
本当にできること=活学
安岡正篤(やすおかまさひろ)は、昭和時代に活動した人物で、昭和の歴代首相の指南役を務めたり、「平成」という元号の提案者です。彼は「活学」というコンセプトを提唱し、学問は生活に生かすべきだと説きました。昭和世代の方々にとってはよく知られた存在です。
「活学」は、「本を読めばわかる」に対する言葉ではなく、学問を単なる知識の蓄積ではなく、実生活に役立て、実践的な知恵として活かすことを強調する考え方です。本や学問は、単なる知識の取得だけでなく、その知識をどのように活かして実際の生活や社会に貢献するかが重要だという立場を取りました。「活学」は学問の価値を、日常生活や社会において具現化することにあると言えます。
活学(致知出版社)
https://www.chichi.co.jp/specials/202303katsugaku/
活学とブルームの認知分類(Bloom’s Taxonomy)
私が運営するプロダクトマネジメントの学校(product institute japan:PIJ)の打ち合わせ時にメリッサ氏より、学習の段階がわかる「ブルームタキソノミー:Bloom’s Taxonomy」を紹介してもらいました。これが「活学」と結びついていると感じました。
”学び”の上で非常に重要な内容なので説明します。
ブルームの認知分類(Bloom’s Taxonomy)とは
ベンジャミン・ブルーム(Benjamin S. Bloom)は、ブルームの認知分類(ブルームタキソノミー:Bloom’s Taxonomy)の中心的な研究者であり、Max Englehart、Edward Furst、Walter Hill、David Krathwohlなどの協力者とともに、1956年にこの分類を発表しました。
ブルームの認知分類は、教育分野で広く使用されている重要な枠組みの一つです。ブルーム自身は教育心理学と評価において卓越した業績を持つ研究者であり、この分類は彼の名前に因んでいます。
初期の分類は、以下のようなカテゴリーに分かれていました。
- 知識(Knowledge):情報や事実を覚える段階
- 理解(Comprehension):情報を理解し説明できる段階
- 応用(Application):知識を新しい状況に適用する段階
- 分析(Analysis):情報を要素に分解し、関連性を見つける段階
- 総合(Synthesis):情報を統合し、新しいアイデアや概念を生成する段階
- 評価(Evaluation):情報やアイデアを評価し、判断を下す段階
2001年にBloomの認知分類は改訂されました。この改訂版は、より詳細なカテゴリーを導入し、学習の深度と複雑さを表現するために設計されました。以下は、2001年以降のBloomの認知分類のカテゴリーです。
ブルームの分類は、基本的な認知プロセスを包括的に捉えており、それは記憶から始まり、創造的な思考までを網羅しています。以下にその詳細な分類を示します。
(図の並びとは逆になっています。)
- 記憶(Remember):
定義: 情報を覚え、再現する能力。
キーワード: 覚える、リストアップする、識別する。 - 理解(Understand):
定義: 意味を理解し、説明する能力。
キーワード: 説明する、要約する、比較する。 - 適用(Apply):
定義: 学んだ知識を実際の状況に適用する能力。
キーワード: 適用する、実行する、解決する。 - 分析(Analyze):
定義: 要素を分解し、関係を理解する能力。
キーワード: 分析する、整理する、関連づける。 - 総合(Evaluate):
定義: 情報やアイデアを評価し、判断する能力。
キーワード: 評価する、判断する、主張する。 - 創造(Create):
定義: 新しいアイデアや製品を生み出す能力。
キーワード: 創造する、デザインする、組み立てる。
この分類は、学習の各段階での目標や活動を理解しやすくするために使用され、教育の設計や評価に役立ちます。
ブルームの認知分類を「逆上がり」を例に考える
Bloom’s Taxonomyでは、「記憶」「理解」「適用」と続きます。
- 記憶=「言葉を知ってる」
- 理解=「本でよんだ」
- 適用=「実際におこなうことができる」
これを逆上がりを例に考えてみましょう。皆さんも一度は逆上がりは試みたことがあるでしょう。
ブルームの認知分類 | 逆上がりのレベル |
1)記憶 | 逆上がりの図を体育の教科書でみた |
2)理解 | 逆上がりのやり方がわかる。どういうものか知ってる。 |
3)適用 | 逆上がりが自分でできる |
4)分析 | 逆上がりのぎこちない部分を分析して向上の仮説をたてる |
5)総合・評価 | 自分の逆上がりへの仮説が正しいのか考える |
6)創造 | 自分で新しい技を生み出す。オリンピックレベル。 |
「守破離」とブルームの認知分類の共通点
日本の教育文化には、茶道や武道に由来する「守破離(しゅはり)」が存在します。これは、伝統的な武道や芸道を学ぶ際の三つの段階を表しています。
- 守(Shu):
最初は師匠に従い、基本を守ります。師匠から教わった技術や原則を忠実に守る段階です。 - 破(Ha):
基本を身につけた後、新しいアイデアや方法を探求し導入します。従来の枠組みを超えて学びを深化させます。 - 離(Ri):
最終的に、独自のスタイルや理解を築きます。伝統的なものから離れ、自分自身の道を歩みます。
Bloom’s Taxonomyとの共通する考え方で、2つのコンセプトを組み合わせることで、学習の深度を客観的に見つめ直すことができます。
最初に、知識と理解を得る段階は、基本的な情報や概念をしっかりと守る「守」の段階です。
次に、分析、総合・評価の段階は、新しいアイデアやアプローチを積極的に探求する「破」の段階です。それらをクリアし最終的に、独自の見解や判断を形成することで、「離」の段階に達するのです。
これらを理解できるようになれば、学生や学習者は単なる情報の記憶から脱却し、深い理解とクリティカルな思考能力を発展させることができます。
学びの深化は、情報を得るだけでなく、それを活用し、新しい視点を開発するプロセスです。ブルームの認知分類と「守破離」のコンセプトを組み合わせることで、このプロセスをサポートし、自らの学習の質を向上させていきましょう。
フレームワークは単純なプロセスではない!
プロダクト・マネジメントでは、Value Proposition Canvas(VPC:バリュー・プロポジション・キャンバス)が一般的に使われます。このフレームワークは、多くの方がご存知かもしれませんし、Alex Osterwalder(アレックス・オステルワルダー)の著書を読んだことがある方もいらっしゃるでしょう。VPCは非常に基本的で、ユーザーのニーズを理解しやすいフレームワークとして知られています。
PIJでは企業や個人に研修を提供しています。その中で、Value Proposition Canvas(VPC)を講座で学び理解したはずなのに、実際に書くとほとんどの生徒さんが苦戦しています。生徒さんたちはVPCの言葉や使い方には知識があり、理解もしているようです。しかし、自分のプロダクトや案件に適用しようとすると、途端に混乱に陥る様子です。
理論的な知識を実践に結びつけることは、簡単ではなく、実際のビジネス状況に適用する際には新たな課題が生じることもあります。apply(適用する)の段階まで行かなければ実践では役に立ちません。教える側としては自分の案件なりで適用してもらいたいと考えています。
VPCなどのフレームワークは、習得に時間と実践が必要なツールですが、ただ知識を得るだけでは実践での活用が難しいことがよくあります。その結果、生徒たちの中には、フレームワークが使えないと即座に評価する人がいますが、これは稚拙な判断と言えます。
まずは何度もapply(適用する)に到達するまで思考を練習をして、それでもapply(適用する)出来ない時に改めて判断しましょう。思考を鍛えればVPCは使えます。何度も繰り返しapply(適用する)すれば、VPCについては実践で使えないという結果にはなりません。むしろVPCが非常に有用なツールだとわかります。
教える人のためのブルームの認知分類
ブルームの認知分類は、学ぶ側だけでなく、教える側にも大いに有益です。教育者や講師が学生の学習段階を客観的に把握することで、適切な教育戦略を立てやすくなるからです。学習者がどの段階にいるかを理解することで、目標の設定や教材の選定がスムーズに行えます。
特に、オンライン講座では学習者が2段階目の「Understanding」でストップする傾向があります。これは、3段階目の「Apply」などは対話的でワークショップの形式で教える必要があり、オンライン環境では難しいからかもしれません。
コロナ以降、ワークショップもオンラインに置き換わりましたが、その価値を理解している講師や講演者はオフラインを好みます。その理由は、直接的な対話や実践的な演習が効果的に行える点だからです。
事実、オンラインの動画コンテンツが再生回数が伸びにくいのはそのためと言えます。これは、対話や実践を含むオフラインイベントの魅力をオンラインで完全に再現することが難しいためであり、学習体験の差異が影響しています。
UX DAYS TOKYOのカンファレンスとワークショップ
UX DAYS TOKYO2024は1日のカンファレンスと2日のワークショップで構成されています。カンファレンスは気づきを得る場であり、新しい言葉や思考を覚えたりする場所です。言葉を知り、深く理解できる場所に入ります。
その知識を実際に作業するワークショップでは、自分でできるという段階に近づきます。カンファレンスとワークショップが一体となってBloom’s Taxonomyのapply以上を目指すことができます。
https://cft.vanderbilt.edu/wp-content/uploads/sites/59/BloomsTaxonomy-mary-forehand.pdf