“We can be blind to the obvious, and we are also blind to our blindness.” ― Daniel Kahneman, Thinking Fast and Slow
私たちは、明白な(当たり前の)ことに盲目かもしれない、盲目であることにも盲目かもしれない。 ― ダニエル カーネマン
ノーベル経済学賞を受賞した、ダニエル・カーネマンの著書「Thinking Fast and Slow」によると、人は、1日の90%以上をシステム1 ( デビット・ディラン・トーマス氏の言う「メンタルショートカット」)で過ごすと述べています。
システム1とは、人が理論的ではなく直感で物事を判断したり行動する思考回路です。一方、理論的に考える思考回路のシステム2と、常時、交互に切り替わっています。
今こうしてシステム2でこの記事を執筆している間も、システム1の瞬間があり、時に、動くものなどに注意を引くサリエンスバイアスで、キーボード横にあるスマートフォンの通知に気を取られてしまうのです。
私たちはシステム1で多く過ごしていて、システム1が陥れるバイアスに引っかかっています。これらのバイアスを知らなければ、滑稽なことにシステム1によって様々な罠や落とし穴に自ら飛び込んでしまうのです。
決定権を持つ人が引っかかると危ない2つのバイアス
①戦略と戦術を間違えてしまう「置換バイアス」
コンサルタントの現場で、様々な企業の代表、もしくは決定権を持つ方と話すと、しばしば彼らや彼女らがいくつかの同じバイアスに陥っている事に気づきます。ひとつは、置換バイアスです。これは人間が難しいものを簡単なものに置き換えることで安心してしまうバイアスです。
例えば、良い書籍を書くとします。出版日を決め、章立てをお越し、その章の数から逆算をして細かく期限を設定します。そして、その計画通りに執筆が進めれば良い書籍ができると考えてしまいます。そのために、念入りに計画を立てることをしてしまいます。
しかし、良い書籍は、この計画通りに進めば出来上がるというものではありません。本の良さはトピックや文章の巧みさで決まります。では、なぜ計画を立てると良い書籍が書けると思い込むのでしょうか?
「良い書籍を作ること = 細かい計画を立てること」ではないと頭でわかっていながら。。。
これがシステム1であり、置換バイアスの落とし穴なのです。
執筆に限らずビジネスも同様で、リサーチして要件定義通りに制作し、プロダクトやサービスを計画通りに出せば成功すると考える方が多いです。これは、良いプロダクトやサービスを世の中に出す目的を、計画を立てるという簡単な方法で置き換えています。
みなさんの中にも仕様書の目的を理解せず、わけもわからず繊細に記述したり、細かいところに気を配り過ぎている人に会ったことがあるでしょう。彼らの頭は、良いプロダクトやサービスを作るための戦略を、計画を立てる戦術で満足しているのです。他にも、戦略と戦術を置換として、良いプロダクトを作るというゴールを忘れ、フレームワークやシートを埋めること(戦術・行動)にフォーカスしてしまうことが当てはまります。
私たちは、置換バイアスに囚われやすいことを理解すると、自分の行動を振り返ることができます。その結果、正しい判断を下せるようになります。システム1を含む認知心理学を勉強し続けることは、UXデザイナーのみならず、決定権を持つ方はもちろん、誰にも必要な知識と言えます。
②他の人の気持ちが理解できない「知識の呪い」
Photo by Mathew MacQuarrie on Unsplash
2つ目のバイアスは「知識の呪い」です。
「知識の呪い」とは、知識がある人が知識のない人のことを理解できないことです。
例えば、スマホを上手に使える人が、スマホを上手に使えない人がタップやフリックが出来ないことを理解できないというのは典型的な知識の呪いです。
コンサルタントやその業界のエキスパートの中には、ユーザーのことを理解できず、プロダクトやサービスを使えないことをユーザーのせいにする方がいます。「そのユーザーがおかしい」とか、「自分たちのターゲットユーザーではない」と言い切る現場に何度か遭遇してきました。
私たちが、プロダクトやサービスを設計する時に、知識の呪いを理解せずに設計してしまうと、取り残されてしまうユーザーが誕生します。これはマーケットで取りこぼしているユーザーであり、プロダクトやサービスの衰退の始まりでもあります。
知識の呪いから解き放たれ、インクルーシブデザインを!
近年、欧米を中心にインクルーシブデザインが注目されてきています。インクルーシブデザインとは、なるべく多くの人を取り込もうというデザインです。アクセシビリティと勘違いする方がいますが両者は異なります。端的に言うと、インクルーシブデザインは、体が不自由な方と健常者よりもっと大きな枠組みです。
今後は、あらゆるユーザーを取り込むインクルーシブデザインが実現できる企業や提案できる企業が、マーケットシェアを伸ばし競争で生き残っていきます。
デジタルが広く普及し、さらには多くの人種、年齢を超えたデザインが実装できるインクルーシブデザインを欧米企業がこぞって数年前から取り組むのは、このような背景からなのです。
組織の中で、知識の呪いにかかり、こういったシステム1の仕組みを知らない人が多くなると、プロダクトやサービスもインクルーシブではなくなるとされています。
「知識の呪い」UX Times
人に仕掛けるシステム1と見識
バイアスは、ユーザーにも仕掛けることができます。「ナッジ」や「スラッジ」と呼ばれるものです。
過去に、イギリスの保険会社がバイアスを利用して顧客に保険の契約をさせたダークパターン(ディセプティブデザイン)があります。
これは結果的に政府の指示で全ての保険が解約になりましたが、見識がないデザイナーが知識を悪用する事でこういった結果を招きます。この企業のイメージはガタ落ちです。
売上に苦しんでいる企業が、システム1を悪用している意識せずに悪用し、売上をあげようとしてしまったらどうなるでしょう。
どうして、意識をせずに悪用する人が出るのか?
2018年頃に欧米で盛んにfacebookの「思い出の表示」などを中心に議論されていました。結論、設計する組織の問題だと、人からバイアスは取り除くことはできません。バイアスにかからない知識と見識をもった組織でお互いに抑制する必要があるのです。
私たちは、知識として認知心理学を勉強したならば、次は知識をどう使うかの良し悪しを見極める見識を学ばなければなりません。
UX DAYS TOKYO 2023では、David Dylan氏が、物事の良し悪しを見分ける見識をどう身につけるかを説明します。認知心理学を理解して、あなたの組織の見識力をあげていきましょう。
2023年4月1日 ワークショップ「認知バイアスのためのデザイン:メンタルショートカットの勧善懲悪」