行動経済学をUXに活かそう:UX DAYS TOKYO 2019のワークショップ
UX DAYS TOKYO 2019(以下、UXDT19)では、「行動経済学」にフォーカスしたセッションとワークショップを用意しました。「行動経済学」という言葉を耳にしたことがある人は多いでしょう。しかし、それが日常生活やプロダクトにどのように活かされているのか、あるいは自ら設計に応用できているかというと、まだ十分に浸透しているとは言えません。
UXDT19では、「行動経済学とは何か」「日常生活のどこに関係しているのか」をセッションで解説し、ワークショップでは「どう設計に取り入れるか」を実践的に学べる機会を提供します。
行動経済学とは?——経済学と心理学のあいのこ

行動経済学(Behavioral Economics)は、従来の「合理的に行動する人間像」に基づいた経済学に、心理学の知見——つまり「感情」や「思い込み(バイアス)」といった非合理な要素——を組み合わせた学問です。
例えば「50%OFF」の表示をどう受け取るかについて、経済学では単に「価格が半額になった」と捉えます。一方、行動経済学では「2つ買えば1つ無料と同じだ」と感じるかもしれない、というユーザーの“感情”を考慮します。

行動経済学の生みの親:カーネマンとトヴェルスキー


UXデザイナーであれば一読しているだろう「ファスト・スロー」の著者 Daniel Kahneman はノーベル経済学賞を受賞しています。また、同僚の故Amos Tverskyも行動経済学の第一人者で仲間として活動されていました。
行動経済学を切り開いたのが、心理学者ダニエル・カーネマンと故アモス・トヴェルスキーです。
カーネマンは著書『ファスト&スロー』で知られ、2002年にはノーベル経済学賞を受賞しました。
彼らは、1979年に「プロスペクト理論」を発表し、これまでの「人は常に合理的に行動する」という経済学の前提をくつがえしました。人は感情や直感、バイアスに影響されて意思決定を行うというのが、行動経済学の基本的な視点です。
日本での行動経済学の発展
カーネマンらの研究から25年遅れて、日本でも2002年頃から行動経済学の研究が進み始め、2007年には「行動経済学会」が発足しました(2019年時点で設立から約12年)。UXやUIデザインへの注目が高まるとともに、行動経済学への関心も広がっています。
身近な事例:「ピークエンドの法則」
カーネマンの提唱した「ピークエンドの法則」は、体験の印象は「最も印象的な瞬間(ピーク)」と「最後の瞬間(エンド)」で決まるというものです。
「ピークエンドの法則」を上手に利用しているのがスウェーデンの家具販売店のIKEA(イケア)と会員制大型スーパーのCOSTCO(コストコ)です。この2つのお店に共通するのは会計後に飲食コーナーがあり、非常に安く商品が販売されている点です。IKEAはソフトクリームが50円、ホットドッグが100円で販売されています。COSTCOは、ドリンクはおかわりが何杯でも60円です。
顧客は、楽しい買い物を体験しお金を使った後で、更に、最後( End)に、とても安くおいしいソフトクリームやピザを食べて嬉しい気持ちになります。良い体験の後の最後に最高だと感じる瞬間を用意することで、結果として、買い物全体を良く感じるように設定されています。そしてユーザーは、また、イケアやコストコに行きたくなるわけです。
世界中に広がる「ナッジ・ユニット」
ナッジ(Nudge)は、2008年にアメリカの行動経済学者のRichard ThalerとCass Sunsteinの著書「実践 行動経済学 (原著タイトル: Nudge: Improving Decisions about Health, Wealth, and Happiness)」により広く知られるようになりました。行動経済学では、人が選択をする際に、より良い選択ができるように導くことをNudgeと言います。
2009年、アメリカ政府は前述のカス・サンステイン氏を「Nudge Unit」のリーダーとして招聘しました。
The Office of Information and Regulatory Affairs (OIRA) です。これに続いてBehavioural Insights Unit(BIT) をイギリス政府が設立し、シンガポールやオーストラリア、カナダ、アイルランド、オランダ、ドイツ、インド、インドネシア、ペルー、シンガポール等の国々でも「Nudge Unit」に似たような団体が設立されました。
この流れは政府に留まらず、世界銀行・国連の代理機関・OECD(経済開発協力機構)、そしてEU(欧州連合)でも「Nudge Unit」が設立されています。
設立していない他の諸国でも「Nudge Unit」を設立するか否かという議論は過ぎ、「いつ」「どのように」設立するのかという段階に動いています。政府が「Nudge Unit」を設立する目的は、ユーザーにサービスやプロダクトをより便利にそして快適に利用してもらうためです。このように、行動経済学は、政府機関や国連機関でも当たり前となっています。
ナッジを「悪用」してはいけない
行動経済学を利用するとデザイナーはユーザーを騙すこともできます。イギリスのUXデザイナーのJoe Leechの自著「Psychology for Designers (デザイナーの為の心理学)」では、自身が、ユーザーを騙すために行動経済学を利用して保険の購入を誘導したことが社会的問題になり、政府によって保険の解約になった事例が掲載されています。
本来、インタラクションデザイナー・UXデザイナーは人を理解し、人の問題を解決したり、適切にナビゲートすることを目的としていますが、保険の購入の例は、人を陥れるために行動経済学を利用してしまいました。
行動経済学を勉強すると、新しいおもちゃを手にした子供の様に、これみよがしにテクニックを自分のサイトに埋め込みたくなるでしょう。ナッジのコンセプトを理解し、ユーザーを騙すことに利用してないか、必ず一歩立ち止まり忘れないようにしましょう。

原著「Nudge」の表紙には、大小の2頭の象が描かれています。親象が小象を後ろから助けてあげている様に見えます。これは「Nudge」の本当の意味に、人がより良い選択をして便利で幸せで健康的な生活をできるように後押しをすることが含まれているからです。
行動経済学で得る知識は人の為に役立って初めて価値がでます。決して悪用してはいけません。
行動経済学を実践的に学ぶ:UXDT2019ワークショップ
UXDT2019に登壇するRoxyとJeromeは、Coglodeの共同設立者で、イギリスで設立してまだ2年会社です。
行動経済学を体系的に学び・設計する方法を、Nuggets(ナゲット)と呼ばれるツールを開発して教えています。設立間もない会社ですが、世界の4大コンサルティング会社でも研修を行っています。また、UX LONDONをはじめとする世界的なUXカンファレンスにも登壇し、UX業界でも注目されています。
UXDT2019カンファレンスではRoxyとJeromeの講演から行動経済学の事例を知り、皆さんの身の回りに散りばめられている行動経済学に気づくようになります。ワークショップでは行動経済学を深く理解し、自ら行動経済学をサービスやプロダクトに散りばめる方法を学び、ユーザーの判断を助け、ビジネスのためにUXを活用できるようになります。
残念ながら日本政府機関では環境省にのみ「Nudge Unit」が設立されています。人を騙す行為が流行る前に、今回のワークショップを受講し、正しい行動経済学が設計できるようになりましょう。そして、日本政府機関にも現在より多くの「Nudge Unit」を設立させましょう。
(UX DAYS TOKYO2019では、ワークショップに参加した方に、日本語版・韓国語版のNuggetsをプレゼント予定しています。)
▶ ワークショップ詳細:「行動経済学(ビヘイビアラル・エコノミクス)の実践方法」
https://2019.uxdaystokyo.com/workshop/#session-jerome-roxy